餌の過ぎで起こること
「餌は多めにあげたほうが魚も喜ぶ」――そう思っていませんか?
実はその習慣、熱帯魚の健康にも水槽の管理にも悪影響を与えているかもしれません。
少しの工夫で、水も魚もぐっと快適になる方法があるんです。
いつものように、ストーリーで紹介したいと思います。
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(これは2000年代とフィクションが織りなす不思議な世界の物語)
20リットルの水槽には、一匹のセルフィンプレコが棲んでいる。
初めての底もの、初めてのナマズだ。
水槽は小さく、設備も最小限にしてある。
外掛けフィルターとテトラのスポンジフィルターだけだ。
それが、わたしのささやかなアクアリウムだ。
エアレーションで生まれた泡が美しくはじけ飛び、水面は鏡のように揺らいでいる。
こちらに気が付いたプレコが、さっと流木の後ろに逃げ、アヌビアスがゆらりと踊った。
エサは与えすぎず、食べきれる量で
プレコの不安
けれども、朝の日課は憂鬱だ。
掃除が、なかなかに骨が折れる。
ネットですくおうとすると、夜に与えたグズグズのプレコタブレットが四方に散ってしまう。
一応、餌付けはできている。だが、完食した様子を一度たりとも見たことがない。
毎朝ネットを取り出すたびに、だんだんと不安になってくる。
「セルフィンプレコって、もっと旺盛な食欲じゃなかったのか?」
「食べ過ぎ注意」とか、「流木までかじるほど」とか、「おなかでっぷり」とか、ネットではそういう話ばかりが溢れている。
もしかして、うちの子は体調が悪いのだろうか?
それとも、まだ5~6センチしかない子供だから、食が細いのだろうか?
とりあえず、ロゼッタに相談してみるか……。
原因は人間に
そんなことを考えていた日の午後。
4限が終わったあと、わたしはいつものようにサークル棟に寄った。
ここは、若人のみが入ることを許されるオアシスだ。
吹き抜けの階段を上がり、バルコニーに出る。
そこには、わたしの頼れるアクアリウムの大先輩、ロゼッタがいた。
わたしにとっては尊敬するお師匠様である。
シトシトと雨が降り出した。
大慌てで研究室へと走り出す白衣姿の女性もいれば、傘を差さずに何食わぬ顔で歩き続けるアロハシャツの男性もいる。
みなが居るべきところに向かい始めたタイミングで、わたしたちは優しい雨音を背にして、いつものように水槽談義に花を咲かせた。
「――もしかして、プレコタブレットそのままあげてる?」
不意に問われて、頭が真っ白になった。
ロゼッタはパンをちぎり、いくつかを廊下に投げ出すと、屋根の影から鳩が羽ばたいてきて突ついた。
残ったパンを手のひらに乗せていると、鳩は何食わぬ顔でその上に乗り、餌を貪り始めた。
「ダメだったんですか?」
わたしは、あの円盤型の形状が食べやすいだろうと思っていた。
ストンと沈むのも早く、水に流されることなく一か所に留まっていた。
こちらとしては、簡単に餌場を指定でき、プレコにもそれが良いように思えたのだが……。
ロゼッタは小さくうなずいてから、鳩を地面に優しくおろした。
手から降りた鳩は、まだちぎったパンがあるはずだと探している。
「キミの言っていることは一理あるよ。それに、毎朝ちゃんと掃除してるんだろう? それなら、問題ないって言いたいところだけど……」
ひと呼吸おいてから、わたしの“お師匠様”はこう続けた。
「でも、今のセルフィンプレコには、4等分のサイズですら多すぎるのかもしれないね」
その言葉は、ストンと胸に落ちた。
あぁ、そうか。量が多いだけなのかもしれない。
単純だけど、気づかなかった。
「まずは少しずつ。だんだんと食べる量が分かってきたら、増やせばいいんだよ」
得るものがないと悟った鳩は、大きく羽ばたき、大空へと帰っていった。
どうやら雨は止んだようだ。
![]() |
・フレーク、顆粒は小さいさじを使い、 タブレットの餌は手で割りましょう |
与えすぎの功罪
日差しは雲の隙間から射し込む程度。それなのに、だんだんと蒸し暑くなってきた。
話すだけでじっとりと汗をかく。
梅雨特有の気候に、ロゼッタは白と黒の花柄のハンドタオルで口元をぬぐった。
一瞬だけのぞかせる無防備な愛らしい素顔。
不思議なものだ。
タオルをしまい終わると、いつもの得意げなお師匠様に戻り、再び話し続けた。
「それに、少量ずつ与えることには他にも利点があるんだ。何だと思う?」
「うーん、餌の量が減るということは、水質悪化のスピードが落ちるということですよね?」
「うんうん、わかってるね。でも、そればっかじゃあないんだよ」
「あ! わかりました! 水質の悪化が防げれば、コケも減りますね?」
お師匠様の顔がぱっと輝いた。
「ピンポーン♪ 正解! よくわかったじゃない。今まで教えた甲斐があるよ」
ロゼッタは頬を赤くさせ、照れ笑いをした。
正直、お師匠様に褒められるのは嬉しい。
「それにだ、意外と忘れがちなのが……」
そう言いかけて、ロゼッタはシックなブラウスのちょうど真ん中をぽんぽんと叩いて見せた。
「ナマズ系の魚、とくにソコモノは、さっきの鳩とは違って普段泳がないでしょう? だから、おなかでっぷりの肥満になりやすいんだ」
思わずうなずいた。
腹部がぱんぱんに膨れ上がった、30cmほどのロイヤルプレコを見たことがある。
つっかえたおなかに邪魔されつつ、尾びれでプリプリと逃げるさまは、とてもキュートだった。
わたしのプレコも、成長したらああいう腹になるのだろうか。
そうなったら、可愛いのだが……
――いいや、だめだ。
「ちょっとかわいいけどね、やっぱり健康第一♪」
先に口を開いたのはお師匠様だった。
どうやら、同じことを考えていたらしい。
「でも、太ったプレコもピンポンパールみたいで、いいよね?」
うんうん、と大きくうなずくと、意気投合し二人で大きく笑った。
そして、しばらくしてから、じっとわたしの目を見つめ、いたずらっぽく言った。
「それ以外にも、キミが好きそうな大きなメリットがあるんだよ?」
なにかと思えば――
「1パッケージに入っている量が、4倍にもなるんだよ?」
なるほど。
1粒ずつ与えていたら、1袋はあっという間になくなる。
でも1/4サイズにすれば、理屈の上では4倍長持ちだ。
経済的にありがたい。
「でも、手で半分ならまだしも、1/4に分割なんて難しくないですか?」
そう漏らすと、お師匠様は笑いながら言った。
「それはね……100均で包丁とまな板を買えばいいんだよ」
1/4の奇跡
――わたしはその日のうちに、百円ショップに足を運んだ。
プレコタブレットは固い。
でも、包丁とまな板を使えばなんとかなる。
少し砕けてしまっても、残すよりはいいし、何よりも、魚が食べきれるサイズに調整して、残飯が出ないようにすることが、水質を保ち、いちばんの愛情だと思った。
以降、セルフィンプレコが程よく大きくなるまで、定期的にプレコタブレットをまな板に並べ、包丁で地道に1/4サイズにカットするのが、わたしの習慣となった。
結果、水槽の掃除は楽になったし、完食まではいかないけれど、残る量は明らかに減ってきた。
そして、コケの発生もフィルターの詰まりも、穏やかに落ち着いていった。
たった1/4に割るだけ――それだけで、わたしの朝は、少しだけ気持ちよく始まるようになったのだ。
まとめ
熱帯魚に餌を少量ずつ与えることには、多くのメリットがあります。
まず第一に、水質の悪化を防げる点が大きな利点です。魚が食べきれない量を与えてしまうと、残った餌が水中にとどまり、腐敗することでアンモニアや亜硝酸が発生し、水質を大きく乱してしまいます。
しかし、少量ずつであれば魚がすぐに食べきるため、残餌の発生が抑えられ、結果として水の透明感や安定が保たれやすくなります。
また、ナマズ類に限らず、肥満になりやすい魚種には、餌を控えめにすることで健康的な体型を維持しやすくなり、寿命の延伸にもつながります。
とくに、ナマズのように肥満になりやすい魚は内臓疾患のリスクもあるため、過剰給餌はなるべく避けるべきです。
さらに、餌の量を抑えれば残餌が減り、コケの発生も抑制されます。
水中に栄養分が余ると、ガラス面や水草にコケが発生しやすくなるため、水槽の見た目の清潔感や管理の手間にも影響します。
少量ずつ与えることで、餌の節約にもつながります。1粒を1/4にカットして使えば、同じパッケージでもより長く使用でき、経済的です。魚の健康と水槽の維持、そして飼育者の負担軽減――すべてにおいてメリットのある給餌方法といえるでしょう。
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