ホースクリーナーは引っ張って使うと知った日に……
水槽の美しさは、水面や魚の姿だけで決まるわけではありません。
実は目に見えないパイプやホースの中にも、小さな汚れやコケがじわじわと溜まっていきます。そのままにしておくと、水の流れが悪くなり、魚たちの暮らしにも影響が出ることも。
今回は、そんなパイプ・ホース清掃で経験した簡単なトラブル2つを、ストーリーでやさしく紹介したいと思います。
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これは2000年代とフィクションが織りなす不思議な世界の物語。
部屋の灯りを落とすと、暗闇の中に三つの水槽が静かに浮かび上がる。
45cm規格のプレコ水槽。ガラス越しに見える流木の影には黒いシルエットがゆらぎ、心地よいリズムで流木にかじりついている。
隣には、マツモだけが水面を覆う30cm水草水槽。群れるカージナルテトラとラミノーズテトラの青と赤と銀が、光を浴びてきらきらと輝き舞い踊っている。
そして、最後は暴れん坊のブルーテトラたち。小さな波が立つほどの勢いで泳ぐその姿は、まるでこの部屋の中で一番自由な生き物のようだった。
三つの水槽が、夜の中で小さな宇宙のように呼吸している。その光景を見終えると、最後に自室の隅を見て深く息を吐いた。
「もうひとつ……ここに、小さな世界を増やすんだ」
部屋の入口には、まだ何も入っていない60cm規格の水槽がひっそりと置かれている。プレコ専用の大きな水槽を立ち上げる計画は、着々と進行中なのだ。すでに、水槽台に外部フィルター2台、さらには水中ポンプも設置してある。
すべてが順調だ。
と、言いたいところだが、どうしても気になっていることがある。
初めてのホースクリーナーに戸惑い、失敗をしたとある日の話
ホースに蔓延る苔
エーハイムエコ2231とクラシック2211。どちらのクリアグリーンのパイプとホースにも、うっすらと垣間見える茶色の苔がついており、それが水景を台無しにしているような気がしてならないのだ。実際には水槽の中にあるものではないので、直接的な被害はないのだが、流れの中に積もりに積もったそれは、まるで経年による錆のようにこびりついている。
どうにかしたいと、たわし付きのホースクリーナーを買ってみたものの、いくらプラスチックの棒を"押して"も途中で止まってしまう。こんなふにゃふにゃとした物では、到底ホースの奥に届くことはないだろう。
――いや、本当に道具がダメなのだろうか?
「お師匠様を呼ぶしかないか」
と、早速、わたしの水槽のお師匠様ことロゼッタに連絡を入れてみるのだった。
ホースクリーナーの使い方
「その道具はね? 引っ張って使うものなんだよ?」
軽やかな声で開口一番わたしに指摘すると、ロゼッタはパワーヘッドの電源を落とし、パイプを外し始めた。大学終わり、差し込む夕日の下、彼女の白い指が外部フィルターの上をすべる。吸水・排水のホースを手際よく外して、パイプがついたままバケツの中に放り込むと、わたしが白い棒だと思っていたものをその中へと通し始めた。
「まずは、こうやって通してね、反対側から出たラインを引っ張るのさ!」
柔らかな声の裏には芯の強さがある。白い棒改め、白い糸を静かに引くと、パイプの中でたわしが動き、溜まった茶色の汚れがスルスルと引っ張り出されていく。あれよあれよという間に、バケツの中に黒い粒子となって掻き出された。
「あぁ……! なるほど! こうやってやるんですね!」
「そういうこと。押してダメなら引いてみろってね? ふふふ♪」
お師匠様は口元を少しだけ上げ、目を細めると、流れる水音の代わりに部屋にはふたりの笑い声が響いた。
「しかし、パイプの掃除って、見てるだけで気持ちいいですね」
「そうでしょう? 見た目も良くなるし、流量も回復するんだ!」
「そんな効果もあるんですか?」
「うん。まぁ、詳しいことはあとで確かめてみるとして、次はキミの番だよ」
少し緊張しながら、まずはスポンジストレーナーを外し、バケツの水で軽くすすぐ。続けて見よう見まねで白いラインを排水パイプの口から通す。細いプラスチック棒は迷うことなくするすると奥へと進み、やがて反対側のタップから顔を出した。
そして、それを引っ張ると……たわしがパイプの中を走り、茶色い汚れを次々と吐き出していく。
「うわっ……すごい……!」
「ふふ、気持ちいいだろう?」
ロゼッタがにっこりと笑った。
汚れが取れていくたび、わたしの胸の奥にも小さな爽快感が蓄積されていく。そして三往復させると、今まで茶色く染まっていたホースに、クリアグリーンの新品のような輝きと透明感が蘇っていた。
「あぁ……なんて心地良いんだ!」
「そうでしょう? そうでしょう?」
切れ長の目の奥にある大きな瞳が、いつもよりも柔らかな光を帯びてわたしを見つめていた。流量がどうの、効率がどうのという話よりも、ただ「綺麗になる」ことの快感がたまらないのだ。
やがて作業が終わると、わたしは呼び水が面倒だったのでホースの中に水を満たした。これを漏れぬようにうまくパワーヘッドと繋ぎ合わせれば、呼び水不要という算段だ。
そして電源を入れた。
「さぁ、これで完成だね」
期待のこもった二つの視線が、水面へと集まる。強い水紋が生まれるはずの場所へと。
だが、水は動かない。
静まり返った水面が、まるで世界が止まったように沈黙していた。
「……あれ?」
胸の奥に、冷たい違和感が走った。
電源ONでも水が出ない!?
「どうしたの?」
お師匠様も奇妙に思い、わたしの肩越しに水面をのぞき込んだ。
「水が出てないみたいなんです」
とりあえずガラス蓋を外し、オーバーフローパイプの先から5cmほどの位置に手を当ててみるのだが、ブルンとした水圧が感じられない。お師匠様の目を見て首を振ると、彼女も水の中に手を入れてみるのだが……。
「……どうしたんだろう? 水圧を感じないなぁ。しっかりコンセントは挿したのかな?」
大慌てでしゃがみ込み、コードの先を確認する。黒いプラグはしっかりと挿し込まれ、ぐらりと揺るぎもしそうにない。
「はい、ちゃんと挿さってます。だから、電源ではなさそうです」
「じゃあ、パワーヘッドかな? モーターはしっかり動いているかい?」
しゃがんだついでに黒いパワーヘッドの上に手をのせて振動を確かめると、小さなブーンという音が指先に伝わってくる。
「どうやら、いつもどおり動いてるみたいです」
「ふむ……じゃあ、吸水系が詰まってるのかな?」
彼女の声が少し低くなる。
ちょっと嫌な予感がして、水槽に張り付きながらスポンジストレーナー、パイプ、ホースをくまなくチェックしてみたのだが……どこも異常はなさそうだ。どれも掃除したばかりの状態で、詰まりが起きた形跡もない。
「うーん、どこにもおかしなところが見当たらないです!」
「……タップは開いてる?」
「はい。ちゃんとホースとレバーが並行になっています!」
「むむむ……」
ロゼッタが腕を組み、首をかしげた。
わたしは焦りを抑えきれず、もう一度ホースをたどる。
そのとき――
「わっ!……ちょっと待って」
ロゼッタが急に声を上げた。
「キミ、これ……逆さまだよ?」
「……え?」
彼女が指差したのは、パワーヘッドとホースの接続部。
そこには、ありえない配置があった。
「吸水ホースと排水ホース、逆につけてるよ!」
一瞬、時が止まった。
思考が凍りついた後、頬が熱くなる。
「あぁ……! やって……しまった!?」
お師匠様はにんまりと笑いつつ、白い指を排水パイプの直前に置くと、シュッと吸い込まれた途端にプルンと弾かれた。その光景にクスリと笑い、ゆっくりと口を開いた。
「まぁ、誰でも一度はやることさ」
彼女はそう言いつつ、吸水タップをさっと閉じるのだった。
何事も失敗して覚える
原因は単純――吸排水ホースの取り付け間違い。
まるでコントのような失敗だったが、学ぶものは多かった。
もしこの水槽に小さな魚がいたなら、無防備な排水パイプから吸い込まれていたかもしれない。もしそうなれば、そのまま仄暗いフィルターの底をさまよっていただろう。
――あぁ、考えただけでもぞっとする。
わたしとは対照的に、お師匠様の顔には安堵の笑みが浮かんでいた。
「いやー、てっきりエーハイムエコを壊したかと思ったよ! でも、これでひとつ賢くなったね」
「はい……ほんと、油断は禁物です。今日の失敗は一生の教訓になるはずです」
「そうしてくれなきゃ困るよ? あはは!」
何度も確認しながらホースを正しくつなぎ直し、再び電源を入れる。
今度こそ、水面に小さな波が立った。
光が揺れ、気泡が弾ける。
小さな世界が、再び息をし始める。
「ね、綺麗だろう? 掃除した甲斐があったじゃないか」
「ええ……今度はもう、絶対に間違えません!」
静かな笑いが部屋に広がると、その振動が水に伝わり、天井をゆらゆらと照らしたような気がした。
まとめ
外部フィルターを使っていると、つい後回しになりがちなのが「パイプ」と「ホース」の掃除です。水槽内がきれいでも、ホースの中には知らないうちにコケや汚れが溜まり、水の流れを悪くしてしまうことがあります。
とくにプレコなどを飼育している場合は富栄養化しやすく、ホースの内側にぬるぬるした汚れやコケが付きやすいので要注意です。
清掃の目安は、外部フィルターを掃除するタイミングと同じくらいが理想です。透明なホースであれば、見た目で汚れの状態を確認できます。もし茶色や黒色にくすんで見えたら、それはすでに掃除のサインです。ホースクリーナーを使えば、長いホースの中までしっかりきれいにできます。
パイプ部分は、汚れが溜まると見た目だけでなく水流や水圧にも影響します。わずかな汚れでも積もり積もって流量が大きく低下してしまうこともあります。パイプ内の水の流れは、フィルターを正しく動かすために不可欠です。定期的に清掃したいものですね。
また、掃除を終えた後は、ホースの取り付け方向をしっかり確認することも忘れずに。吸排水の向きを間違えると、その後大きなトラブルになることもあります。
ホースやパイプの掃除は地味に感じるかもしれませんが、水槽にろ過を利かせ、魚たちの健康を保つための大切な作業だと言えるでしょう。


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