秋の夜のヒーター騒動
水槽用ヒーターは熱帯魚の健康維持に欠かせません。特に秋冬の冷え込みが厳しい時期は、水槽のサイズに合ったワット数を選ぶことが重要です。
力不足だと水温が安定せず、魚も電気代も負担がかかります。逆に大きすぎても水温変動が激しくなるため注意が必要です。
では、どのようにして最適なヒーターを見つければいいのでしょうか?
ストーリーで紹介したいと思います。
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これは2000年代とフィクションが織りなす不思議な世界の物語。
夜の帳が降りると、虫の声が一斉に響きだした。
その騒がしさとは対照的に、空にはぽっかりと浮かぶ満月が、凪いだ水面のように静かに輝いている。
ほんの少しだけ窓を開けると、秋の風がカーテンを揺らし、頬を撫でて過ぎていった。
肌寒い。
季節は確かに進んでいる。
ふと、水槽に目をやると──
「……あれ?」
いやな予感がした。急いで水温計に目をやる。
表示されたのは「24.0℃」。
水温が低すぎる。
ヒーターが、壊れてしまったのだろうか。
以前使っていた20L水槽のヒーターをそのまま使っていたのだが、さすがに寿命なのかもしれない。月明かりの下、水槽の中でプレコがじっと身を潜めている。
「……ヒーターを、換えなきゃ」
小さく呟きながら、わたしは空を仰いだ。
――だが
それ以降、なぜか水温が下がることはなかった。
ヒーターは壊れていなかったのか?
でも、なぜあの夜だけ24℃まで落ちたのだろう?
わたしの中に、疑問だけがぽっかりと残された。
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・この時代には、縦置きできるヒーターはまだありませんでした。 |
秋の夜のヒーター騒動
季節は移ろうものだから……
「それは故障じゃないかもね」
流れる風景を眺めながら、わたしはその話を切り出した。
小さな車両の中で、わたしの隣に座っていたのはロゼッタ。
「ふむふむ」と頷きながら、苦笑いをして見せた
秋晴れの空のもと、今日は二人でちょっとした有名観光地にきている。
湾内に浮かぶ小さな島は、好まざる侵入者から防衛するための装置が置いてあったのだが、再開発されて今やベイエリア有数の商業観光地となっている。
今日は、その島にあるショッピングセンターに二人で来ている。
海岸沿いの公園からペデストリアンデッキでビルに入り、雑貨屋や喫茶店をかき分けて進むと、一瞬ロゼッタの黒髪の下でまなこが踊る。
だが、目の前に大きなペットショップが見えてくると、いつもの生物オタク然とした顔つきに戻った。
「さ、行こうか! ヒーターを見に来たのでしょう?」
若い男女、はたから見ればデートかもしれないが、これはれっきとした、熱帯魚マニアによるアクアショップ探訪なのである。
マニアたちとW数
大きなペットショップは、場所が場所なだけあり、デートスポットになっている。
しかし、アクアオタクの私たちには関係ない!
いちゃつくカップルをかき分け、熱帯魚用具売り場へと突き進むと、ピシっとお師匠様が指さした。
見えてきたのは、ヒーターをずらりと並べた鉄の棚だ。
そして、彼女はこちらを振り返ると、鋭い目つきとなった。
「それで、いま何W使ってるの?」
「わ、ワットって……電気の、あれですよね?」
「ワオ! そこから話さないといけないんだね?」
大げさなくらい肩を落として、彼女は首を振った。
「仕方ないなぁ~♪ 今日はボクがみっちりと教えてあげよう!」
いつにもまして瞳を輝かせ、にんまりと笑った。
完全にアクア談義モードに火をつけてしまったらしい。
「ヒーターのW数っていうのは、消費電力のことなんだ。これは単位の通り消費電力のことなんだ」
「えーっと……ってことは、低ければ電気代が安くて効率が良い……?」
「ブッブー! そう言うと思ったよ! これが違うんだなー♪」
小さく人差し指を振りながら、彼女は勝ち誇ったようにウィンクをしてみせた。
どうやら、彼女の思っていた通りに綺麗に間違えらしい。
「キミは、熱量を求める理科の実験を覚えているかい?」
「えぇーっと、あのJ(ジュール)を求める、ややこしい数式がいっぱい出てくるやつですよね?」
「そう! それなんだ。詳しい話は避けるけど、端的に言えばW数が高いほど、早く、たくさんの水を温められるんだ」
「じゃあ、今の水槽ではそのW数が足らないということですか?」
「まぁ。そういうことになるね」
なんとなく、理解したつもりではある。
だが、気になっていることもある。
「じゃあ、わたしの水槽のヒーター、力不足……?」
「多分ね。で、あの日って、夜ちょっと肌寒くなかった?」
「……あ! そうかもしれません! 窓開けてて……冷たい風が……」
「なら、それが原因だよ。季節とは変わるものさ、きっと、気温が下がりすぎて、ヒーターの熱を上回る速度で水槽が冷やされちゃったんだね?」
彼女の目が真剣さを帯びる。
「つまり、そのヒーター、もう秋や冬にはパワーが足りないってことだね」
そう言い切ると、少しだけ表情が穏やかなものになったった。
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・その20年後、同様のトラブルに見舞われることに…… |
大きすぎても、小さすぎても
小春日和はデート日和。
体を密着させた男女が、所狭しと商業施設の中をたむろしている。
このヒーター売り場とて例外ではない。
展示水槽に見飽きたアベックが、何の気なしにふらりとこちらに向かうことだってある。
そうなれば途端、男女とは言え水槽という希薄な繋がりしかない、わたしたちの間に流れる空気は気まずいものになるだろう。
だが、肝心のロゼッタは随分と落ち着いている。
いや、場を楽しんでいる余裕さえある。
大したアクアリストだ。
――ジトっ
大いに感心していると、なんだか、ロゼッタに直接白い目で見られたような気がした。
だが、いつもの優しい声色はいつも通り。
適当に合いの手をいれつつ、ぼんやりとお師匠様とわたしの空間を楽しんでいると、急に声を掛けられ現実に戻された。
「ちょっと? ボクの話聞いてる?
「え? あぁ、ちょっと考え事しててね」
「もぉー! それじゃあヒーターのW数の話に戻すね?」
「キミの水槽は秋の夜の寒さで水温が低下するんでしょ? となれば、適正W数のものがついていないと考えられるね」
――適正とは?
思えば、ヒーターはセット品。自分で選んだものではなので、適正W数と言われてもさっぱりわからないのだ。
お師匠様は棚から1つのヒーターを取り出した。
「やっぱり、60cm規格水槽なら200~150W、その半分の水量の45cm規格水槽なら150~100Wかな」
「これは……今使ってるものよりも、ちょっとより大きいですね!」
「ははぁん、なるほど!」
そういうと、大きく目を見開き、ぽんと手を叩いた。
なにか、思いつことがあるよで、そそくさともう1つ取り出した。
「キミこのメーカー好きでしょ? じゃあこれかな?」」
ブリスターパックから透けるその姿。
見覚えがある。
「あぁ……これです! 今これを使ってるんです!」
「やっぱりね。じゃあ50Wだね。これは30cmキューブ水槽用のヒーターで、もっと水量の少ない水槽で使われるタイプなんだ」
「でも、どうやって適正なW数を知ればいいんですか?」
すっと指をすべらせながら、透けて見えるヒーターの横のラベルを指し示した。
「あ……! 書いてある」
「こうやってパッケージに書いてあるし、それ以外にも、ほら上を見てよ?」
顔を上げ什器のさらに上をみると、色鮮やかに大きく文字の下に、事細かになにやら書かれた看板が天井から吊り下がっていた。
どうやら、水槽サイズに合わせて、ヒーターの適正なW数がまとめあるようだ。
そして、しっかりと30cmキューブの欄には50~80Wと記されている。
「ただえさえ、白か黒の棒でしょう? 分かりずらい商品だからね。こうやって売り手も工夫してくれているのさ」
「50Wは……、やっぱり、力不足ですかね?」
「そうだね、夏はいいかもしれないけど、秋はちょっと心配。冬は明らかに力不足だね」
わたしの期待に応えるようにやわらかく笑いつつ、はっきり断言するように言い切った。
「あぁ……残念です」
しかし、ふと疑問に思う。
「じゃあ、W数は大きければ、大きいほどいいんですか?」
「そういうわけじゃないだ。今回のキミの水槽みたいに、気温に左右されるから、適正サイズ~1ランク上ぐらいがおすすめだよ」
「キミの家って木造でしょ? 冬の朝は何度ぐらいになってるかな?」
唸りながら視線を上に向けて考え込むと、気温は分からないが1つの手がかりが浮かび上がってきた。
「詳しく調べたことないですけど、早朝だとアウターを来てちょうどいいくらいですね」
「であるなら、適正の100Wより少し大きなヒーターでもいいと思うんだ。その方が冬になってまた買い足すよりお得だしね」
たしかに、そうなのかもしれない。
それに、真冬にまたヒーターを買い直すということは極力避けたい。
が、1つの疑念が生まれた。
「でも、それって、余計に電気代がかかったりしませんか?」
「それがね、ヒーターの中にはサーモスタットがついているでしょ?」
少し得意げに胸を張って、にやりと笑った。
「あぁ! 自動でオンオフしてくれるから、そこまでかからないんですね!」
「そういうこと」
「もちろん、闇雲に大きければ良いというわけでもないんだよ? 水温が急激に変わるようになるからね?」
にんまりと笑みを浮かべながら、お師匠様はまるでクイズの答えを語るように言葉を続けた。
「逆に、避けたいのは、今の君の状況だね。W数が低すぎていつまでも水温が上がりきらないから、ヒーターが通電しっぱなしになっていると思うよ?」
「ひぇぇ!? 電気代かかりっぱなし!?」
「そういうことだね♪」
思わずその場で後ずさりしそうになる。
「んははは! だから、今日決めていこう!」
冬支度
そのあと、わたしはすぐに新しい150Wのヒーターを慎重に設置した。
ご飯を食べたり、喫茶店で水槽について話し込んだりして、気が付けば時刻は午後9時を回っており、帰宅後は風呂にも寄らず真っすぐ布団に入りたい気持ちでいっぱいになったが、怠惰な気持ちを抑え込み、純白のヒーターをセットしたのだ。
本当はサーモスタット付きの外部タイプが欲しかったのだが……、何度お財布と相談しても予算オーバーで、なくなくプリセットタイプを選んだ。
だが、これで、秋の夜風が入っても、冬の寒波が到来しても、もう心配はいらない。
水槽の中には引き続き常夏の世界であり続けるだろう。
まとめ
水槽用ヒーターは、熱帯魚を健康に育てるためにとても大切なアイテムです。
水温が下がりやすい秋や冬の時期は、特に気をつけてあげたいところですよね。ヒーターを選ぶときは、水槽のサイズに合ったワット数(W数)を選ぶことがポイントです。
水槽の水量に対してヒーターの力が足りないと、いつまでも水温が上がらずヒーターがずっと動きっぱなしになってしまい、魚にも家計にも負担がかかります。
逆に、ワット数が大きすぎると、水温が急激に変わりやすくなり、健康面で魚にとってもよくありません。
そのため、「大は小を兼ねる」とは限りません。
実際のところ、45cm規格水槽なら100W~150W、60cm規格水槽なら150W~200W程度が一般的な目安です。しかし、特に寒い季節や水槽の設置環境によっては、少し余裕をもったワット数を選ぶのがおすすめです。
わたしの水槽では、それでも水温低下が止まらず、45cm規格水槽なのに200Wのヒーターが入っています。
とりわけ、秋風が吹き始め始める9月~10月、寒波が到来し急激に気温が低下し始める12月~1月は要注意。、今回のストーリーで起きたヒーターの低W数によるトラブルが露呈する季節でもあります。
ヒーターに限らず、冷却ファンも同じことが言えますが、季節の変わり目には、水温は必ずチェックし、器具の点検を行いたいものですね。