ヒーターカバーは誰のため?
水槽のヒーターバーは魚や水草をヒータの熱から守る道具です。
しかし、使い方を間違えると、魚が火傷するリスクもあります。
今回はそんなヒーターカバーの基本と気をつけたい点を、ストーリーでわかりやすく紹介します。
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これは2000年代とフィクションが織りなす、不思議な世界の物語。
冬休み最終日。
窓の外は青く透き通った空が広がり、午後の弱い光がレースのカーテンに当たる。ほんのりと明るい部屋の奥では、水槽の水音が静かに響き、ヒーターのランプは10分単位のゆっくりとしたリズムで点滅を繰り返している。
お師匠様は、今日はいない。海を渡った向こう側……と言っても、湾を挟んだ半島の海沿いに帰省している。少し寂しさはあるけれど、こういう時こそ普段は手の届かない部分の掃除をじっくりしたいものだ。
心に決めると、目についたのは水槽内に灯る、赤色の通電ランプ。
「今日はヒーターの大掃除をするとしよう」
小さく呟くと、早速掃除用具を取り出した。
冬休み最終日のヒーター事件
また、やってしまいました
水換え作業はとんとん拍子で進み、気が付けばあとは水を注ぐのみ。
時刻を見計らいヒーターを手に取る。掃除スタートすると同時に、あらかじめヒーターのコードを抜いておいたのだ。優に20分以上経過しており、試しにと水槽内で手を近づけても、熱気はすでに消え去っている。
カバーを外す前に、深呼吸を一つすると、火傷した記憶が薄まっていく。
覚悟も決めてプラスチックの爪を軽く押すと、カチリと音を立ててカバーはあっけなく外れた。
白いセラミックの本体を手に取ると、表面はひんやりと冷たく、すっとした重みを感じさせる。いつぞや火傷したときの熱さとはまるで別物だ。
恐る恐る内部を覗き込むと、予想よりもずっと綺麗で拍子抜けする。
うっすらと着いた茶ゴケを歯ブラシで落とすと、すぐさま汚れの激しいカバーの掃除に取り掛かり、やがて、コードの汚れをスポンジで拭き取ったところで掃除は終了となった。
この水槽は昔ながらのグレーの金属製事務デスクの上にある。
親が骨董市で拾って来たものを、PCデスク用に押し付けられたのだ。
だが、人が乗ってもみしりとも言わぬほどの頑丈さで、いつの間にか水槽台としての役割を与えられている。
まさに水槽にうってつけの事務用品なのだが、問題点があるとすれば、その高さだ。
天板はまるで正座で使うような高さしかなく、水を注ぐだけならいいが、掃除のときは中腰やしゃがみ姿勢が続くのだ。
今日も、足がつりそうになりながら掃除を終え、綺麗になったカバーを足元に置くと、わたしは転がり込むように腰を下ろした。
「ふぅ!!」
と深呼吸をすると、本来なら脚も腰も楽になるのだが、どうにもお尻に鋭い痛みが走る。
そして、膝の力を抜くと……
――バギッ。
乾いた音が響き、何かが折れた感触。
「ぬあ!」
悲鳴を上げて立ち上がり、座った場所を見下ろすと、そこには無残にも真っ二つに割れたヒーターカバー。
どうしたものか……
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20年前には、このモデルのヒーターはありませんでした。 画像はあくまでもイメージです。 |
ヒーターが大好物の魚
翌日。いつものサークル棟2階のバルコニー。
プラスチック製の白いベンチは冷えきっていて、座ると冬の空気がじんわりと体に染み込んでくる。
ここが、わたしとお師匠様ことロゼッタの定位置だ。
今日も二人してアクア談義を始めるのだが、そのお相手は珍しく遅刻をしてきた。
つば付き帽子の奥に光るブラウンの縁の眼鏡、古びたダッフルコートの下からはライトグリーンの作業着をのぞかせている。
ひゅるりとした北風に乗って漂ってくるのは、ヨードチンキのような焚火の煙の香り。
それが焚火なのか、それとも薪ストーブなのか、初めのころは講堂と実験室の往復しかないわたしには疑問だった。
しかし、キャンパス内を見渡せば、同じような恰好をした人の群れが煙で燻された香りを漂わせており、今や当然のことように思えてくるのだから、なんとも不思議なものだ。
そんなことすら気にする素振りもなく、年頃の娘は目を輝かせて口を開いた。
「それで、今ヒーターにはカバーがついていない状態なんだね?」
「そうなんです……不注意で壊してしまって」
わたしは肩を落としながらうなづいた。
しかし、すかさず、ヒーター自体は問題なく、真冬でも水温26度を保っていると伝えたかったのだが――
「それはプレコにとって非常に良くないね! 今からでもショップに行こう!」
「え!? どうしてですか!?」
食い気味に話を遮られ狼狽していると、彼女はメガネのツルを指で押し上げながら、髪を手櫛で整えた。
「アクアくん? それ本気で言ってる?」
やんわりとした響きの中にある鋭さ。
どうやら、今の状況に大きな問題があるらしい。
「まぁ、キミのヒーターは最初からカバーがついていたから、知らないのかもしれないけどさ……」
言葉に間を置き、口元に薄い笑みを浮かべると、そこにはいつものお師匠様の顔。
「実は、プレコはヒーターの棒が大好物なんだ!」
「はぁっ!?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまうと、放課後の人のまばらなキャンパスに声が響き渡った。
「だって、コケが付きやすいし、スラリと伸びているから貼りつきやすい『棒』でしょ?プレコが嫌いなわけがないじゃない?」
――たしかにそう……だ???
いやいや、待ってほしい。ヒーターは高温のはずだ。
忘れようと思っても忘れられない、焦げ付くような熱さと内側からゾクゾクした痛み。
いくらプレコとて、そんな場所に張り付くだなんて……理解に苦しみ、反論する。
「でもヒーターって、そもそも熱いじゃないですか?」
お師匠様は一瞬きょとんとした顔をしたあと、何かに納得したように頷いた。
「もしかしてキミ、ヒーターが常に高温だと勘違いしているんじゃないかい?」
トラップの仕組み
「違うんですか!?」
「誤解してるようだけど、ヒーターって常時高温じゃないんだよ。サーモスタットが内蔵されてるでしょ?」
わたしが、驚きと戸惑い混じりの声を上げると、お師匠様は微笑みを浮かべながらも、真剣な眼差しで教え諭すように答えた。
だが、すぐに合点がいった。
「もしかして、制御で電気のON・OFFを繰り返しているから、冷えている時間もある……ってことですか?」
「その通り! つまりだ……」
彼女は胸を張りながら、まるで秘密を打ち明けるかのように言う。
「冷えているときに張り付いてコケを食る。もし、その最中に通電が始まったら?」
「……なるほど、たしかにそれだと、火傷するかもしれませんね」
彼女は帽子を脱ぎ、固まった髪を指先でほぐすと、バルコニーから黄昏に染まる町並みに目をやった。
「まぁ、ほとんどは熱くなり始めたら逃げるけどね。でも、たまに……」
言葉を濁しつつも、どこか諦めにも似た感情が混じるのだが、どこか真実味が込められているような気がした。
「たまにって……、もしかして、気づかないで舐め続けるのですか?」
「いや、そうじゃないんだ。時折ヒーターをテリトリーにする子がいてね。そのまま寝てしまうことがあるんだ」
まるで見て来たかのような切なげな顔して、闇夜に沈む町並みから目を背けると、彼女の背中が小刻みに震えているような気がした。
「……危険すぎますね」
しかし、わたしが相槌を打つと、覚悟を決めたように帽子を深く被り、言葉を探しながらも話を続けた。まるで、その時の状況を吐露するように。
「火傷すると、腹部に白い跡が残るんだ。……もちろん、水槽が清潔なら自然治癒することも多よ。でも、悪化すれば……水カビ病になる」
お師匠様の言葉に覚悟と重みが込められていたが、わたしも動揺が隠せず声が震える。
「……そうなったら魚病薬で治療ですよね? フィルターもリセット……かぁ」
わたしがそう言い切ると、彼女はこちらを向いた。
あたりはすっかり止み包まれ、帽子の奥底にある顔がどのようになっている分からなかったが、決意のある太い声で返事が返ってくる。
「そうなんだよね。ナマズだからね。薬の使い方もちょっと特殊でね。まだキミには教えられない。だからこそ“転ばぬ先の杖”ではないけどヒーターカバーを甘く見ないでほしいんだ!」
口元は力強くにんまりと笑っているのだが、深くかぶった帽子の奥がハロゲン灯に照らされキラリと光っていた。
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20年前、多くのモデルではヒーターカバーは別売りでした。 しかし、現在はどうでしょうか?アクアリウムという趣味は、確実に一歩ずつ進んでいます。 |
ヒーターカバーが大好きな魚たち
お師匠様は、顔を拭きにいくと部室へと戻っていった。
冬のキャンパスはまだ六時だというのに漆黒に包まれ、オレンジの街灯が赤いレンガが敷き詰められた地面を照らしている。
「おまたせ♪」
ふいに声を掛けられたので振り返ると、いつものロングスカートにチャコールグレーのコートを着た彼女が部室から戻ってきた。
「もちろん、ヒーターカバーを使わないほうがいいときもあるよ?」
――え? 今までの話と矛盾してませんか??
突然始まるアクア談義。
だが、お師匠様は待ってくれない。
それが、オタクの流儀なのだ。
白いタートルネックのセーターの先にある小さな顔は、もとの笑顔に戻っていた。
「でも火傷の危険性があるからって、さっき……」
まぁまぁ、最後まで聞きなさいと言わんばかりに、メガネをクイっと上げ顎に手を当てた。
「それがね、ごくまれに、カバーをシェルターにする生体がいるんだ」
「えぇっ!? シェルター? ヒーターカバーとヒーターの隙間って、すごく狭いですよね?」
「そうなんだ。稚魚に稚エビ、さらにクーリーローチとかね、カバーの中の狭いところが大好きなのさ。そんなところに身をひそめて、もしヒーターが通電でもしたら……」
ロゼッタは肩をすくめて、両方の手のひらを胸の高さで掲げてみせる。
わたしも相槌を打つように首を振るしかない。
「なんというか……一筋縄じゃいかないんですね」
「そうなんだよねぇ。もちろん、100均素材でカバーをさらに覆ったり、みんな工夫してるよ? でも、まぁ、あえて言うなら不確実さが――」
「水槽の奥深さ、ですね?」
「お! わかってきたじゃないか!」
そして彼女は、わたしをじっと見据えて言った。
「だからキミも、自分の水槽に合った最善策を今すぐ考えてほしい」
じっとりとわたしを見つめら目でにやりと笑いうと、どこか促すような雰囲気がある。
「ね?」
ここに至り、それが明らかな催促であると気が付き、わたしは慌てて返事をする。
「あ! はい、行きましょう!」
閉店にはまだ間に合う。
わたしたちは足早にキャンパスを抜けショップへ向かうのだった。
まとめ
水槽のヒーターは、熱帯魚や水草を健康に育てるための大切なアイテムです。
そのヒーターを守り、魚たちの安全にも役立つのが「ヒーターカバー」です。シンプルですが重要な役割を持っています。
ヒーターカバーの最大の目的は、魚が高温のヒーターに直接触れてやけどするのを防ぐことです。特に底ものの魚はヒーター周辺をよく動くため、カバーがあると安心感が増します。
たしかに、掃除やメンテナンス時にカバーが邪魔に感じることもありますが、使いやすさよりも安全面を優先するべきでしょう。
しかし、そんな、ヒーターカバーにも注意点があります。
まず、火傷です。本来は火傷を防ぐ道具ですが、対象を間違えるとトラップとなります。
とりわけ注意してほしいのは、稚魚や稚エビ、さらにはナマズの仲間などで小さな隙間を好む魚種です。こうした生体は、カバーの隙間に入り込んでしまい、飼育者が気づかぬうちに火傷を負うことが報告されています。
このような生体を飼育する際は、火傷のリスクを考慮して、カバーを外したり、カバーのカバーを自作する選ぶ必要があります。
また、気を付けてほしいのは、ヒーターカバーは必ずヒーターのメーカーが指定する純正品や推奨品を使用することです。適合しないカバーや非対応の素材を使うと、熱がこもり予期せぬトラブルの原因となるので、絶対に避けましょう。
まとめると、ヒーターカバーは魚のやけど防止やヒーター保護に役立つ、絶対的に必須ななアイテムですが、内部に魚が入り込むリスクがあるため、時と場合によっては柔軟な使い方を要します。安全のためにメーカー指定の製品を使い、自分の水槽環境に合った設置を心がけましょう。
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