発酵式CO2の作成時の注意点をストーリーで
水草水槽を始めると、「CO2添加って難しそう」と思う方も多いはず。でも、発酵式CO2なら家庭で手軽に作れて、材料も身近なものばかり。電気や高価な器具を使わず、酵母と砂糖の力で二酸化炭素を発生させ、水草の成長をサポートできます。
今回はその培地の作り方について、ストーリーで詳しく紹介したいと思います。
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これは2000年代とフィクションが織りなす不思議な世界の物語。
サークル棟がある大学の裏口から出て、すっかり冬の姿になった桜並木を抜け、Y字路のある少しばかりの坂道を上り、大通りを通り過ぎ、さらに数分歩いたところで、久しぶりにロゼッタの家へとたどり着いた。
今日ここにやってきた理由は、水槽のお師匠様である彼女から、直々に発酵式CO2添加の寒天培地の作り方を教わるためである。
アヌビアス・コーヒーフォリアは新しい水槽で順調だ。
黒ひげの勢いも衰えているし、白みがかった茶色の新芽も出始めている。
もちろん、ネオンテトラたちも全員健康だ。
その中で、ひとつ困ったこと、いや、モヤモヤしていることがある。
それはCO2タブレットだ。
水草は好ましい状況になっている。おそらく効果があるのだろう。
だがパンチが足らず、いまひとつ効いているのか効いていないのか、どうにも釈然としない。
電磁弁のようにON/OFFがあるわけでもなく、エアストーンから気泡が出ることもない。
砕けた白い残骸が水槽に残るのみだ。
そんなことはわかっていたことなのだが……やはり懸念した通りの結果となってしまったのだ。
ストーリーでイメージする発酵式培地の作成
雪平鍋に初手寒天パウダー
「まず、水を250mlお鍋に入れます♪」
発酵式CO2。
(学生の懐事情でも)『持続可能性』が高く、自然の力を利用する崇高な理念を持つ添加方式である。それを学びに来たはずなのだが……
「あ! できれば注ぎ口のある雪平鍋がお勧めで~す! お鍋に水を入れたら、続いてキッチンスケールで計量をします~♪」
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| ・取っ手が付いて注ぎ口があるのが「雪平鍋」 |
目の前の彼女は、お菓子を作る新妻のようにルンルンとキッチンに向かっている。
ひらりとピンクと白のチェックのエプロンを翻しつつ、ラックからボウルを手に取り、スケールの上に乗せる姿は、誰がどう見ても麗しい若い女性で、思わずドキリとする。
「砂糖100gに、ドライイースト1~2g♪」
キッチンをちょこちょこと歩き回りながら、材料を取って回っている。
のだが……
「そして、寒天パウダー1~2g♪ ……いや、アガーというべきかな? そう、これはアガー。あぁ! ……ふふっ、ふふふっ」
粉寒天を手にすると、どこか壊れたように笑い、一瞬で新妻からいつものお師匠様へと顔継が変わった。
「んふふ、まさか早々にアガー殿に再会するとはね?」
口をひきつらせて一人でボソボソと呟き始めたので、あまりの薄気味悪さに思わず声をかける。
「……どうしたんですか?」
「……えっ!? いや、実は実験でね? まぁ、その、とにかく寒天を入れたらよくかき混ぜよう! そして吹きこぼれには注意しよう!」
……どうやら、学生実験で寒天培地を作る過程において、盛大にやらかしたらしい。
思わずため息を付くのだが、彼女はこちらを見向きもせず、培地の作り方を紹介してくれている。
「粉寒天はダマになると面倒なので、火をかける前に先にお鍋に入れて、よく混ぜてから~、着火!」
――チチチ……ボッ!
お師匠様に言われるがまま、菜箸で鍋の中をよくかき回していると、たったの250mlということもあり、あっという間にフツフツと沸きあがり始めた。
「まずは、よく寒天が溶けてるかチェックしてみよう。ほら、段々と透明になってきただろう?」
「はい!」
「粉寒天のモザイク模様が消えるまでよくかき混ぜるんだ!」
……実は培地の作り方は、わたしも知っている。
学科こそ違うが、同じような実験で滅菌シャーレに寒天培地を作り続けていたからだ。
とはいえ、この先シャーレに入れるわけでも、オートクレーブにかけるわけでもない。
わたしは培地を作ってからを先を知らないのだ。
今は、話を合わせ教えを請うべきだろう。
そうこうしているうちに、お湯が透明になり、完全に寒天は溶けた。
「次は砂糖を鍋に投入。こっちも菜箸でよくかき混ぜ、透明になるまで溶かすよ!」
「はい!」
火にかけながら三温糖を加えると、スルリスルリと溶けて、瞬く間にお湯は黄色味を帯びた。
「そうしたら、火にかけながら3分よくかき混ぜて、十分に溶かしてから……」
「火から下ろすんですね?」
「その通り! これから少し冷やした後、ペットボトルに入れるんだけどね? 寒天はゆっくりと固まっていくから慌てなくて大丈夫」
そう言い切ると、彼女はペットボトルの準備を始めた。
少し冷ましてからペットボトルへ
「実はもう準備してあるから、あとは入れるだけなんだけどね?」
そう言って彼女は、中に飲み物はおろか水滴ひとつ残っていない500mlのコーラのペットボトルをキッチンラックから取り出し、わたしの眼前に掲げて見せた。
「そもそも、発酵式CO2添加って、つまりは酵母の培養でしょ? だから、さ……」
「あの、コンタミですか?」
「そう! それなんだよ。砂糖の入った寒天を入れるわけだから、雑菌が入ると腐敗しちゃうんだよね。だから、よく洗浄して乾燥させたものを使おう!」
そう言い切った彼女はため息をついた。
「まぁ、学生実験とは違ってイーストをたんまり入れるから、ちょっとやそっとじゃ雑菌が繁殖する隙は生まれないんだけどさぁ~」
「よく洗浄して清潔かつ乾燥したものを……ですね?」
「その通り。家じゃオートクレーブなんて使えないからね。なるべく衛生的に取り扱いたいところだね」
問題は、ここから先だ。
ここから先は、実験と違ってシャーレに入れてオートクレーブではない。
ふと件の寒天培地を作った鍋を見ると、湯気がすっかりおさまっていた。試しに手を触れてみるとまだ熱いものの、粗熱は取れているようだ。
「お? いい感じかな?」
「はい!」
「少し冷ますのには理由があってね。普通のペットボトルは60℃前後で縮んでしまうんだ。熱湯のまま入れると、見るそばからボトルが変形してしまうくらい熱に弱いんだよ」
それこそわたしの知りたかったことだが、まだ疑問がある。
「それでも、さっきから結構な時間、お鍋を放置してますけど、寒天って固まらないんですか?」
「寒天が固まり始める温度はだいたい40℃くらい。ペットボトルの限界である60℃から、人肌に近い温度に下がるまでに注げばいいんだよ。だから、慌てない慌てない♪」
「うーん、それでも、もし固まってしまったら?」
「あはは! 用心深いね? そんな時は再加熱すればいい。寒天だから、温めれば溶けるし、冷やせばまた固まるよ?」
お師匠様は黒髪をさっと手櫛で梳き、雪平鍋の注ぎ口からペットボトルに培地を注ぎ込むと、今度は計量カップを手に取り何かを作り始めた。
「さぁて、培地の準備はできたから、ここからは培養液の準備に入るね?」
ふと、寒天培地では聞きなれぬ単語が耳に入り、思わず聞き返す。
「培養液? 寒天培地なのに液体培地ですか?」
「そういうこと。寒天だけだと冬場は発酵速度が遅いからね。上が液体、下が固体の培地でCO2の生成を促すのさ」
にっこりと笑うと、エプロンのポケットからメモを取り出し、読み上げ始める。
「ぬるま湯50mlくらいに、砂糖15g、そしてさっき計量したイースト1~2gを入れてよく混ぜて……寒天培地が固まったら投入!」
白く細い指先でペットボトルを軽くはじくと、先ほどまで液体だった砂糖水はプルンと震えていた。どうやら固まったようだ。
彼女はそれを確認すると、菜箸でよく混ぜた培養液をペットボトルに注ぎ込み、チューブコネクターの付いたボトルのフタを取り付けた。
「これでとりあえず出来上がりっと!」
わたしはペットボトルに出来た黄金色と白濁液の二段の培地に息を飲んだ。
やはり、耐熱容器でもなければ滅菌もしない。増やすだけが目的な基礎実験的な培養と、CO2を取り出すという応用では少々考え方が違うようだ。
発酵中の培地は取り扱い注意
「最後に注意点と掃除の仕方を教えるね?」
出来たばかりの発酵式CO2培地を両手で取ると彼女はライトに透かす。
「まだ出来たばかりだから大丈夫だけど、アルコール発酵で生まれたCO2はまず培養液に溶け込むんだ。少量の水にアルコールとCO2、中身はどうなるかな?」
「……お酒の強炭酸水割りという感じですかね?」
「その通り。それに衝撃を加えると、ボトル内で激しく発泡して水槽内に培養液が入ることもあるんだ。最悪、白濁して水換え待ったなし。取り扱いは丁寧にね!」
なるほど。
なら、逆止弁を付ければ……と言おうと思ったが、普段と逆に取り付けて、水槽の水が逆流してきたらそれはそれで困るし、かと言って双方向に逆止弁を付ければCO2は通らない。
何かしらの、トラップを付けるしかないだろう。
「それと、CO2添加を止めたいからといって、ペットボトルの蓋を締めて密閉しないこと。爆発に近いことが起きるよ?」
「それじゃあ、CO2の添加量が多すぎたり、添加そのものを止めたいときはどうするんですか?」
「三又分岐で、室内の空気に逃がすのさ。こうすればペットボトル内にCO2がたまり続けず安全でしょ?」
そう言い切ると、ペットボトルの蓋を開け、蛇口から出るお湯を突っ込んだ。
「最後は捨て方。捨てるときにはお湯と水流を使えば簡単に剥がれるよ。もちろん湯銭して溶かしてもいいけど、そのまま排水口に捨てると詰まるから、絶対にやめてね?」
――それから数日後、
わが家の新しいCO2生活が始まった。
エアストーンから漏れ出る気泡。
その管理はやはり面倒なものの、これなら添加していると実感がある。
コーヒーフォリアもご機嫌だ。
まとめ
発酵式CO2は、水草水槽に手軽にCO2を供給できる方法として昔から人気があります。名前の通り、酵母や砂糖の力で二酸化炭素を発生させ、電気や複雑な機械を使わずにCO2添加が可能なのが魅力です。市販のCO2添加器具のように高価ではなく、材料も家庭で手に入るものが多いため、学生や初心者にもおすすめです。
基本的には、砂糖水にイーストを加えた液体培地で発酵によりCO2を発生させます。寒天を使う理由は、夏場の過度の発酵を抑えつつ、長期間にわたり糖分を供給できるからです。液体培地と組み合わせるとより安定的にCO2を供給できます。いずれの場合も、培地やボトルは清潔に扱うことが大切で、雑菌が混ざると発酵がうまくいかず、腐敗の原因になります。また、ペットボトルを使う場合は熱に弱いため、寒天や培養液を注ぐ前に粗熱を取ることがポイントです。
CO2は水に溶けやすいため、ボトルを激しく振ると水槽内に培養液が入り、白濁の原因になることがあります。逆止弁やトラップを活用すれば、水槽の水が逆流する心配は減ります。このとき、ボトルの逆流を防ぐ向きで逆止弁を配置すると、水槽の水の逆流は防げなくなるため、ストーンやチューブの慎重な扱いが必要です。もし、その経路に下記のような半開きの三又分岐があれば、水の逆流時に生体に危険な状態になる可能性になるからです。なるべくエアレーションに接続する時と同じ向きで設置するのがおすすめです。
なお、添加量を調整したり止めたいときは、三又分岐を使って余分なCO2を室内に逃がしましょう。決してペットボトルの蓋で密閉してはいけません。爆発に似たようなことが起こります。
発酵式CO2は管理が簡単とはいえ、毎日の観察やボトルの確認は欠かせません。ですが、きちんと準備すれば、気泡として目に見える形でCO2が添加され、水草の調子を確かめながら調整できる楽しみもあります。コストを抑えつつ、自然の力でCO2を供給できるこの方法は、手作り感覚で水槽ライフを楽しみたい方にぴったりです。


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