マツモを浮かせて栽培すれば、生長力も脇芽形成も↑
アクアリウムで育てる水草の中でも、マツモはとても育てやすく、初心者にも人気です。実は、ただ底に植えるだけではなく、水面にぷかぷか浮かべて育てる方法もあります。
これは、水景は植えこむ方法と比べると劣りますが、光をたっぷり浴びられるため傷んだ株も回復しやすく、節から新しい芽が伸びやすいので自然に株を増やせ方法となっています。コケや水質には少し注意なのが玉に瑕ですが、マツモの手軽な栽培法の1つです。
今回は、そんなマツモを浮かせて栽培する方法について、ストーリーでやさしく紹介したいと思います。
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これは2000年代とフィクションが織りなす不思議な世界の物語。
わたしは途方に暮れていた。
30cmキューブハイタイプ水槽で、困ったことが起きたのだ。
あまりにもマツモが伸びすぎるので、CO2を弱めた。そこまでは良かったのだ。
ところが、その後が良くなかった。
水面に届くほどの長さに生長した姿を見て、思い切ってトリミングに挑んだのだが、よりによって、手が滑って茎頂付近でカットしてしまったのだ。
……どうしよう!?
水面にマツモの浮かせて栽培する、その利点と注意点
詰めすぎたトリミング
長さは3センチにも満たない、あまりに短いマツモ。この小さな命は果たして育ってくれるのだろうか。
心を落ち着けると、胸の奥で理屈めいた不安がじわじわと広がっていく。
ミニトマトの容器のようなカップに入っていたマツモ。もともと数は少なく、全部で5本しかなかった。そのうちの1本を失うことになったら……わたしの水槽から、さらに緑が減ってしまう。
「大丈夫だろうか……」
口に出しても答えは返ってこない。焦る気持ちばかりが募っていく。
とりあえず、水面に浮かべておくか――そう自分に言い聞かせた。
いや、実のところ、それくらいしかわたしにできることはないのだ。
薄暗い部屋の中、LEDライトが水面を照らし、水槽のガラスに青白い揺らぎを映し出していた。小さな気泡が静かに浮かび上がり、弾けて消えていく。その光景を見つめながら、わたしは胸の奥で祈るように願った。
短いマツモよ、生き延びてくれ!
弱ったマツモは浮かせて栽培
「――あれ? キミ、マツモの増やし方を知らないの?」
昼下がりのバルコニー。
やわらかな光と風に揺れる木々の影に包まれながらベンチに座っていると、一人の女性が階段を登りながら声をかけてきた。彼女は大学の他学科の学友で、名をロゼッタという。わたしの水槽の水先案内人でもあり、敬愛を込めて"お師匠様"と呼んでいる。
今日も相談に乗ってもらうにあたり、前もってメールで事情を伝えてあった。
「だって……育てられたのはアヌビアス・コーヒーフォリアだけですよ?」
わたしは肩を落としながら答えた。
「ヘアーグラスもバコバも、トリミングになる前に黒ひげにやられてしまって……」
「ふふっ、そういえばそうだったね」
ロゼッタは小さく笑い、わたしの隣に腰を下ろした。
「というわけで、今日はマツモの増やし方について話すよ」
ロングスカートの裾を揺らしながら足を組むと、彼女は空を仰いで深呼吸した。遠くには、すっかり葉を落とした桜並木が青空に溶け込んでいる。
春の空気はまだ冬の気配を帯びており、雲の隙間から陽光が差し込むと、キャンパスに柔らかな陰影を落としていた。
「ちなみに今日は栽培環境の話には触れないよ。長くなるからね。でも、キミの水槽なら心配はいらない。CO2添加があって、水草用ライトにソイも使ってるからね。十分すぎるほど条件が整ってるから安心してほしい」
胸の奥で、少しだけ不安が和らいだ。けれど、それでも気になることがある。
「あのっ……、短く切りすぎたマツモは、どうすればいいんでしょうか?」
「それはね、――キミがやったことが正解だよ」
お師匠様の声は澄んでいる。
「つまり、水面に浮かべておけばいいんだ」
安堵のあまり、思わず顔が緩まる。
その顔を見た彼女は、にんまりと笑いながら水槽談義を続けていく。
「それでね? 気付いてるかもしれないけど、マツモって水草は根を張らないんだ。本来なら水の中をゆらゆらと漂って生きているのさ。だからね……」
「えっと、もしかしてオモリで無理に底に沈めるより、自由に泳がせておいた方がいい、ということですか?」
「それもあるけど、違うんだ。要するに光量さ」
「?」
雲の切れ間から、光が差し込んできた。
一筋のまばゆい白線が彼女の横顔を照らすと、艶やかな黒髪に白いハイライトが走り、端整な目鼻立ちを際立たせる。思わず見とれてしまうほどの美しさだったが……わたしの頭はすでに水槽の疑問でいっぱいだ。
「水面の話をしているのに、どうして光量の話が出てくるんですか?」
「実はね、水底より水面の方が少しだけ光量が強いんだよ。例えば、排水パイプの口はよくコケだらけになるでしょ? でも吸水パイプの口はそうでもない」
――たしかにそうだ。
気になっていた現象の原因を知り、わたしは息をのんで驚くと同時に、ひとつの考えが頭をよぎる。
「あっ! 水面近くを漂わせれば、光も強いから生長しやすいってことですかね?」
「よく気付いたね。その通りだよ。やせ細って調子を崩したり、トリミングしすぎて弱ったマツモを育てるには、もってこいの方法なんだ。なんたって根を張らずとも元気に育つからね」
――まさか。
根を持たないことをデメリットだと思い込んでいたのだが、それが逆に強みになるなんて思いも寄らなかった。だが、彼女は得意顔で話を続ける。
「とはいえ、注意も必要なんだ。光量が多い分、コケやすくなる。水質が悪化している状態でこれをやると、逆に調子を崩して失敗することもあるからね。注意してね? それと、水中が強すぎてグルングルンしているのはお勧めしないな」
「グルングルン? どうしてですか?」
「マツモでは経験したことがないんだけどね、多くの浮草においては、そういった環境に弱いことが多く、溶けるように枯死することを何度も経験しているんだ。マツモだけが影響がないとも言えないので、強すぎる水流は注意した方がいいかもしれないね」
静かな春の放課後のキャンパスに、お師匠様の声が響きわたる。わたしは頷きながら、マツモの小さな切れ端を思い浮かべた。
きっと、あの小さな一片も生き延びてくれるだろう。
光量↑は調子も↑・脇芽も↑。ただし……
「ところでさ……」
ロゼッタはわたしを横目に見ながら、ゆっくりと口を開いた。
「今までの話は、どちらかというと復活させる方法だったね。ここからは“増やし方”について話そうと思う」
慎重に言葉を選んで話し始めた彼女に、わたしは背筋を伸ばしてチラリと目を合わせた。眉を寄せて、何か難しそうな顔をしている。
簡単な水草のはず。いったい何が彼女をそうさせているのだろうか。こちらの気持ちとは裏腹に、お師匠様は話を進めていく。
「さて、茎頂を失ったマツモはどうなると思う?」
彼女は人差し指を二本立て、茎頂を失った首のない茎の姿を描いてみせる。
「えっと……茎頂って分裂組織があるところですよね? やっぱり大切な部分を失っているんだから、もう生長しないんじゃ……?」
「そう思うでしょ? でも実際は違うんだ」
ロゼッタの目が細められて光を宿すと、華奢で可憐な佇まいに真剣味が増した。
「節、つまり葉の付け根から“脇芽”っていう新しい芽を出すことがあるんだ」
「陸上植物みたいに?」
「その通り。この脇芽が大きく育てば、節の根元でカットして一本の水草に仕立てられる。もちろん、無理に切らなくてもいいよ」
わたしは目を丸くした。短くなってしまった切れ端にも希望があるなんて。
「つまりね、茎頂を失ったマツモでも、浮かせておけば脇芽を出す確率が高いんだ」
「じゃあ……うちのマツモも、水に浮かべておけば芽が出て元気になるってことですか?」
彼女は深くうなずいた。
「オモリを付けて水中に沈めておいても脇芽を出すことはあるし、水中でも水面でも失敗することはある。とにもかくにも、捨てないで水槽に入れておいた方が良い」
「なんて生命力!? すごく融通が利くってことですね?」
「そうだと言えるね。察してるかもしれないけど、これは弱った株だけじゃなく、元気な株にも有効なんだ。水面に浮かせておけば、茎頂があるにもかかわらず脇芽をたくさん出すこともある」
「……つまり、簡単に本数を増やせる?」
「そういうこと。一本のマツモから複数の脇芽を伸ばして、それを丁寧にカットすれば……倍々ゲームだよ」
わたしは目を輝かせた。水槽の中にマツモの森が広がる情景が、頭の中に浮かんでくる。
「でもね」
お師匠様は片手を上げ、制するように微笑んだ。
「注意も必要だよ。脇芽を出すスピードは遅いし、水が汚いとすぐコケだらけになる。とはいえ逆に栄養が少なすぎると、全然増えない」
「条件が難しいんですね……」
「そうなんだ。まるで浮草みたいに増えるときは一気に増えるんだけどね。油断すると徒長して、姿が乱れてしまう」
「マツモって水質によっては大きく間延びしますよね?」
「その通り。だから、うまく調整しながらでないと“理想のマツモ”は手に入らないんだ」
彼女はパン、と手を打った。
「とにかくね、夏場の水質が不安定な時期に増えやすい印象がある。だから、水槽内の水質浄化も兼ねて、増やすのを狙うならその時期がいいのかもね」
倍々ゲームの夢は、そう簡単ではなさそうだ。けれど、不可能ではない。
胸の奥に、小さな期待の芽が芽生えていた。
マツモで水草を増やす楽しみを
あれから数週間。
水槽の中で、茎頂部だけになってしまったマツモは、再び茎を伸ばし始めていた。
あのとき切ってしまった片割れも、小さな脇芽を出し、ヒョロヒョロとではあるが確かに伸びている。
元の姿を取り戻すには時間がかかりそうだが、それでも生きている――その事実が、わたしには嬉しかった。
数を数えてみる。最初は5本だったマツモが、いまは7本になっている。ほんの少しの変化だが、水槽の景色は確かに豊かになった。
収穫の喜び。
そう言えば大げさかもしれない。けれど、小さな命の積み重ねがここにある。努力は無駄じゃなかったのだ。
わたしは決めた。
30センチキューブのハイタイプ水槽を、マツモの林にしよう。
緑がそよぐ森のような水景。その中を小さな魚たちが泳ぎ抜ける姿を思い描くだけで、胸の奥がじんわりと熱くなる。
水槽の前に座り込み、ゆらめくマツモを見つめながら、わたしは静かに未来を思った。
きっと、あの失敗が新しい物語のスタート地点なのだと。
まとめ
マツモはアクアリウムの中でも育てやすい水草として知られています。
オモリを付けて植え込むのが主流ですが、「水面に浮かべて栽培する方法」を知っておくと、意外なときに役立つのでおすすめです。
浮かべて育てる大きなメリットのひとつは、水面に浮かんでいると光をしっかり浴びられるため、生長が安定しやすいことです。マツモはもともと光を好む水草なので、十分な明るさが確保できる浮かべ方は理にかなっています。ただし、光が強すぎるとコケが発生しやすくなるため、定期的な水換えや水質管理は欠かせません。
また、生長が力強くなることで新しい芽を出しやすいのもメリットです。茎の途中、節と呼ばれる部分から「脇芽」が伸びてきて、それが一本のマツモとして育つ可能性があります。
気が付かないうちに節ごとに脇芽が出て、倍々に増えていくことがあります。しかし、その一方で、栄養が不足していると増えなかったり、逆に水質が悪化するとコケだらけになることもあります。
とにもかくにも、水換えをこまめに行い、バランスを取ることが上手に育てるコツです。
マツモを水面に浮かべて育てる方法は、どちらかと言えば見た目よりも促成栽培的な側面が際立つ方法です。緑のカーテンを作りたいときなど、手間をかけすぎず自然にまかせながら増やしていけるのが、この育て方の魅力だと言えるでしょう。
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