マツモの草姿がどうにもかしい!?
水草水槽を始めると、「CO2をいっぱい入れればもっと元気に育つんじゃ…?」って思いますよね。
でも、入れすぎると酸欠にまでは至らなくても、茎が間延びしたりコケが増えてしまうこともあります。
今回は、水草がいちばん喜ぶ量を見極めるコツについて、やさしくストーリーで紹介したいと思います。
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これは2000年代とフィクションが織りなす不思議な世界の物語。
窓を開けると、春のすがすがしい風が入ってきた。
差し込む光は午後の柔らかさをまとい、水槽のガラス面に反射して白い天井に水影を映し出す。わたしは水槽から目を逸らし、横になって天井を仰ぐと、深いため息をひとつ吐いた。
ヘアーグラスは壊滅的だった。
あれほど夢を抱いて栽培を始めたはずなのに、気がつけば新芽は徐々に出なくなり、真っ黒なひげ苔に覆われるようにして姿を消していった。
そのままではアヌビアス・コーヒーフォリアにも悪影響が及ぶため、力なく撤去したものの、ソイルまで抜く気力はなく、底床はそのまま残してある。
挫折の連続で、どうにも手を付けられなかったのだ。
それでも、アヌビアスにとってCO2は有効だと信じ、添加だけは続けていた。水槽を空にしてしまうのが忍びなく、わたしなりの小さな抵抗だったのかもしれない。
水草の徒長の原因は?
マツモってこんな水草でしたっけ?
そんな折に迎え入れたのがマツモだった。
どこにでも売っている水草で、手がかからず簡単に育つ。だからこそ安心感があり、ひと束を水面に浮かべたとき、沈んでいた気持ちも少しだけ軽くなった。エメラルド色の葉が揺れる姿を見ていると、失敗続きだった心の痛みが和らぐ気がしたのだ。
順調に生長している――そう思っていた。
だが、日を重ねるごとに胸の奥に小さな違和感が芽生えてきた。どこかおかしい。これが本当に、育てやすく美しいと評判のマツモなのだろうか。
たしかに、うまく育っている。
水槽に顔を近づけると、光を浴びた緑は鮮やかに輝いていた。しかし、ツンツンと広がった葉に太い茎。家に来た時の可憐な姿はそこにはない。その姿はやはりおかしい。胸の奥に妙な不安が広がり、思わず声が漏れた。
「あれ……? マツモって、こんな姿だったっけ?7」
返ってくる言葉はなく、問いかけは静かな部屋の水音に吸い込まれていった。
![]() |
| ・調子を落として徒長気味のマツモ |
間延びする理由はそれぞれ
水面の上に吊り下げられたライトは眩いほどに水面を照らし、夕焼けの赤に染まる室内を昼間のように明るくしていた。照らし出されたマツモの葉はエメラルドグリーンに輝き、まるで宝石を散らしたかのように美しかった。
だが、その美しさの奥に潜む違和感は、やはり消えなかった。
それを確かめるため、今日もわたしの水槽のお師匠様ことロゼッタに来てもらっている。
彼女もわたしの隣に立ち、水槽をじっと見つめると、真剣な表情でひと言つぶやいた。
「これは間延びだね」
その瞳は、小さな異変も見逃さない鋭さを宿していた。やがて、ふっと小さく笑いながら言った。
「しかし、キミのはね……」
「ちょっと待ってください!」
「えーっと間延びでしたっけ?」
わたしは思わず何度も繰り返したが、その言葉はまだ耳慣れなく、意味を飲み込むのに時間がかかる。植物学の授業で聞いたことがある単語のはずなのに……。
首を傾げていると、すかさずフォローが入った。
「ほら、よく見てごらん? 葉と葉の間隔が長いでしょ?」
そう言って、彼女は腕を伸ばしケータイの画面を見せてくる。そこに映し出されていたのは1本のマツモ。目の前の水槽に揺られているものと比べると、たしかに節と節の距離は短く、均整の取れた草姿をしており、わたしはため息をついた。
「あぁぁ、ほんとだ! でも、どうして?」
「つまり、茎ばっかり伸びているってことさ」
指差された水槽の中を改めて凝視する。
たしかに、写真で見たような可憐な葉がぎゅっと集まって隠れるはずの茎は、間延びしたためか針の葉の下から太く長い姿をのぞかせている。その不自然さこそが、わたしに違和感を与えていたのだろう。
胸の奥がざわめき、視線をお師匠様に向ける。彼女は落ち着いた調子で話を続けた。
「というわけで、状況がわかったかな? こういったように草姿が崩れている場合、考えられる原因は2つ。光量や肥料やCO2が少なすぎるか、もしくはその正反対か」
「ん? どういうことですか?」
わたしは思わず問い返した。理解が追いつかず、不安のにじむ声になってしまう。
「前者の場合はね、光が足りなかったり、栄養不足で生長のバランスが崩れて、ひょろひょろとした外見になるんだ。これを徒長というよ?」
「徒長……ですか」
言葉を聞きながら、再びマツモに視線を落とす。太い茎に、青々とした大きな葉。姿勢もしゃんと立ち上がっている。
どう考えても、弱々しい印象とは違う。
胸の中にさらに疑問が広がり、わたしは彼女の目を見つめ返した。するとすぐに、彼女は答えを返してきた。
「つまりこれは、後者。光量、CO2、肥料が多すぎるパターンだね」
「それって、いいことなんです……か?」
わたしは驚きと安堵の入り混じった感情で、思わず質問してしまった。少なすぎるのではなく、多すぎるのも問題なのだろうか。
頭の中で何度も繰り返しながら、水槽の中で揺れるマツモを見つめた。
![]() |
| ・本来のマツモの姿。ただし、こういった姿をしているときは、水質が少しだけ悪化していることが多い。 |
何が過剰なのだろうか?
お師匠様は静かに立ち上がると、ノートとペンを手に取り、水槽をくまなく調べ始めた。
その姿は請われた車を調査しているメカニックのようで、わたしはただ隣に立って見守ることしかできない。彼女は水草や流木、フィルターの配置に目を走らせ、さらにはCO2カウンターやライトの銘柄まで確認しては細かにメモを取っていく。
やがて何か原因を見つけたようで、大きく目を見開くとリストに赤い丸を付け、コホンと咳ばらいをした。
「まず見てほしいのが、このライト。多くの水草アクアリストが愛用しているものだね」
「はい。評判がいいものをって話だったので……」
「ボクはこれでいいと思う。光量も十分すぎるくらいだしね。ただ、水深が40cmあるのは気がかりだけど、それでもマツモの生長具合を見る限り、光量不足とは考えにくい」
「光量が強すぎる……ってことですか?」
おそるおそる尋ねると、彼女は目をつむって首を振った。
「いや、ボクはそれ以外の原因を考えているよ」
そう言って彼女は水槽の側面に目を向け、指で示しながら言葉を続けた。
「ほら、この角を見てごらん。緑色の苔が出ているだろう?」
たしかに、ガラスの隅にはうっすらと緑の苔が張り付いていた。クリアな水槽の隅に生まれたベトベトとした小さな苔、ガラス掃除を仕損じた場所についているのだろう。水槽の清澄さを奪い、どこか生々しい気配を漂わせている。
そして彼女は指さしたまま語気を強めた。
「こういった苔は、富栄養化しているときに出るんだ」
「富栄養化? 富栄養化ってことは……水が汚れている?」
不安を込めて問いかけると、彼女は深く頷いた。
だが、わたしは毎週欠かさず水換えもしているし、餌の量も気を付けている。ソイルから出る養分だって抜けてきており、その証拠に前回硝酸値テストをしたときも正常範囲内だったはずだ。
わたしは必死に言葉を並べ、彼女に反論したのだが……
「うんうん、その通りだと思う。だからボクは極端に養分が多すぎるとは思っていないよ」
「じゃあ、何が多すぎるっていうんですか?」
「でも、植物の三要素のNPK(窒素・リン酸・カリウム)ばかりとは限らないんだよ?」
彼女は柔らかく頷きながら、視線を別の方向へ移した。じっと見つめるその先に、ポコポコと小さな気泡を吐き出す装置があった。
「もしかして……?」
わたしは息を呑むと、彼女は指を差した。
「ほら、ここを見て」
CO2カウンターだ。
脈拍のようにトクトクと規則正しく立ちのぼる気泡。その光景を見た瞬間、胸に冷たい予感が走った。
「……もしかして?」
CO2添加のちょうどいい速度を求めて
ついに、原因が明らかになった。
「この添加速度、明らかに多すぎだと思うんだ。今は1秒に1滴でしょう?」
お師匠様の声は落ち着いていたが、きらりと目を光らせ、確信に満ちていた。わたしは驚きと戸惑いを隠せず、狼狽せざるを得なかった。
「やっぱり……多すぎでしたか?」
「うん。キミの水槽はマツモとアヌビアスだけでしょう? 絶対に多いと思うんだよね」
「でも、魚たちも鼻上げしないし、呼吸も早くならないので、問題ないと思っていたんですが」
言い訳のように響く情けない声が部屋に広がると、お師匠様はショートヘアをスラリとなびかせ、にやりと笑った。
「言いたいことはわかるよ。CO2をたくさん添加すれば気泡が見られるし、生長も早くなる。だから、つい添加速度を上げたくなるものさ。でもね…」
彼女は声を強めた。
「一歩間違えれば酸欠の原因になるし、今回のようにコケや徒長の原因にもなるんだ」
その真剣さに押されて、わたしは小さく頷くしかなかった。
「だから、水草の状態を見ながら変えていくべきだと思う」
「でも、どれが適正量なのかわからなくて……」
不安が声になって漏れると、返ってきた声は、もういつもの優しい調子に戻っていた。
「最近は通販サイトに適正量が書かれている。困ることはないさ。それに本当にわからないのなら、最初は少なめにして、少しずつ増やせばいい。そうすれば間延びも、コケも、過剰添加も防げる。お財布にも優しい」
やわらかな笑みとともに告げられたその言葉に、胸の奥の緊張が少し解けた。
水槽の中で揺れるマツモの姿が、今度は優しく見えた。失敗を重ねても学ぶことができるのだと、ようやく気づけた気がした。
まとめ
CO2の添加速度と水草の生長には、切っても切れない関係があります。
水槽に二酸化炭素を添加すると、光合成がスムーズに進み、気泡がはじけるような美しい姿が見られるのは、とても魅力的な瞬間です。そのため、つい「もっと入れたら元気に育つのでは?」と思ってしまう方も多いのではないでしょうか。
しかし、添加速度を上げすぎると、思わぬトラブルが起こります。
まず注意したいのが徒長や間延びです。本来の姿よりも間延びしたように茎が長く伸び、葉と葉の間隔が広がってしまう現象です。光量や栄養とのバランスが崩れ、必要以上に早く成長しようとすることで、見た目が不自然になってしまいます。
さらに、添加過多はコケの発生にもつながります。
不必要にCO2が余ってしまうと、水槽内の環境が不安定になり、黒ひげ苔などが繁殖しやすくなります。また最悪の場合、魚たちが酸欠になる危険もあるため、添加速度は「多ければ多いほど良い」というものではないのです。
では、どう調整すればいいのでしょうか?
基本的には「少なめから始めて、徐々に増やす」のが安心です。
水草や魚の様子を観察しながら、気泡の出方や葉の色合い、魚の呼吸の速さなどを目安に調整していきましょう。最近は通販サイトやメーカーの製品ページに、目安となる適正量が紹介されているので、参考にするのも一つの方法です。
CO2添加は水草の生長を助ける大切な要素ですが、過剰はかえって逆効果。ほどよいバランスを保つことが、美しい水景を長く楽しむための秘訣です。


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