ろ材形状と通水性
熱帯魚の水槽を美しく保つために欠かせない「ろ材」。
でも、その形状が水質や魚の健康に大きな影響を与えるって知っていましたか?
ただ詰め込むだけではなく、形や配置を工夫することで、ろ過効率が格段にアップします。今回は、そんなろ材の形状と通水性の秘密に、ストーリーで迫ってみましょう。
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これは2000年代とフィクションが織りなす不思議な世界の物語。
クリスマス前の休日。
潮の香りがほのかに漂う港町は、観光客と買い物客で賑わっていた。冬の空気は澄んでいて、どこか浮き足立っているような雰囲気がある。
わたしは、お師匠様と一緒に、馴染みの熱帯魚店を訪れていた。
行楽時期のショップはまるで水族館のようで、家族連れや恋人たちが水槽を覗き込みながら笑い声を弾ませていた。店内を彩る色とりどりの魚たちが、まるでクリスマスのイルミネーションのように幻想的な輝きを放っている。
手を組み、腕を絡め、体を寄せ合いながら、今というひと時を慈しむカップルたち。こちらが恥ずかしくて手で顔を覆いたくなるほど、幸せな顔をしている。
ろ材形状と通水性
クリスマス前の休日
他人ばかりではない。
プリーツのロングスカートにチャコールグレーのコートを着たロゼッタも、しっかりと着飾っている。
彼女がくるりと振り返ると、香水ではない、どこか優しい香りが鼻先をかすめた。
大学生の男女。傍から見れば恋人同士に見えるのかもしれない。
もう少し手を伸ばせば、違った関係になれるのかもしれない。
そんな淡い想いが胸を過る。
だが、そんなことを今ここでするのは野暮だ。
なにせ、ここはアクアリストの趣味の集積地とも呼べる“ショップ”に来ているのだから。
今ここで、アクア談義をしなくていつするんだ!?
と自分を励ましてみたものの、やはり少し残念な気もする。
そんなわたしの心中を知ってか知らずか、お師匠様は、ツカツカとブーツの音を響かせながら、嬉しそうにひとつのろ材を手に持って戻ってきた。
「それじゃあ、ろ材の材質の話をしたばかりだし、ついでに形状について話してみようか?」
ろ材を掲げてにやりと笑うその顔は、生物オタクそのものだ。だけど、わたしはその表情が嫌いではなかった。
お互い何か思うところはあるのだろう。
だが、水槽という興味の対象を前にすれば、そんなことは吹き飛んでしまった。
![]() |
・シポラックスミニ。ボール状に近いろ材だ |
大切な隙間
彼女が持ってきたのは、エーハイム・サブストラットプロだった。
わたしのカゴには、似ているようで異なるエーハイム・サブストラットが入っている。値段もわずかに違う。
「いったいノーマルとプロで何が違うんですか?」
わたしが不安そうに自分の選んだろ材を見下ろすと、お師匠様は、当たり前のことのように説明した。
「多少の違いはあるんだけど、キミが選んだのは形状が砂利のように不定形。対してこちらはボール形とも言うべきろ材というわけなんだ」
「ボール……ですか?」
――はて? どうしてボール形にしているのだろう?
何か、良いことがあるのだろうか?
「どうして、ボールにしてあるんですか?」
「これは、つまりね、球体って積み重ねると必ず隙間が生まれるでしょ? それがいいのさ!」
身振り手振りを交えながら、彼女は目を輝かせた。
「えぇ? でも、それは損をしている気がします」
「ん? どうしてそう思うんだい?」
「だって、ろ過槽いっぱいにろ材を入れたほうが、表面積も増えてろ過能力が上がる気がしませんか?」
するりと生まれ出た疑問を口走ると、お師匠様は内緒話をするかのように口元に人差し指を当てて見せた。
「お! 気が付いちゃったかい? でも、それは誰しもがはまる罠なのさ!」
目を細め、どこか嬉しそうに頷くお師匠様。まるで、生徒が正解に辿り着いた瞬間を楽しむ教師のようだ。
――罠?
フィルターにはろ材をたくさん入れたほうが、良いに決まっている。
それが、罠だって言うのか?
「キミみたいな勉強熱心な初心者くんほど引っかかるトラップでね? たしかにろ材を詰め込めば表面積も上がるし、ろ過能力も上昇する」
「では、どこがダメなんですか?」
「詰め込めば、フィルター全体で見ればろ材の目が細かくなることを意味する。結果として、目詰まりを起こしやすくなるんだ」
彼女は指先でツンツンとボールろ材の箱を叩いてみせた。
手元のろ材を見つめながら、記憶の中のトラブルと重ねた。
思い出すのは、外掛けフィルターのウールマット。
汚れを絡め取りブヨブヨに膨れ上がると、汲み上げた水をだらだらと横に流していた。
あの状況に近いのだろうか?
「目詰まり? つまり、ろ材にゴミが引っかかって外部フィルターから水が出なくなるということですよね?」
「その通り。例えば目詰まりを起こして、フィルター内に水が“ちょろちょろ”としか通らなくなったら、どうなると思う?」
お師匠様が大きく頷きながら、含みのある口調で問いかけた。
わたしはさらに記憶をたどる。あの時は、ウールマットに半分しか水が通っていなかった。
「えーっと……ろ材に通る水の量が減るわけだから、それだけろ過能力が落ちるというわけですか?」
「もちろんそうだよ。でもそれ以外にもあると思わないかい?」
お師匠様の瞳が、「まだあるぞ」とでも言いたげに細められる。
「……うーん?」
「例えば、フィルター内に酸素が十分に行き渡らなくなるから、硝化細菌は死滅するだろうし、ちょろちょろ排水では水流が弱いだろうから……」
「あ! 油膜ができるし、酸素が効率よく溶け込んでいかないというわけですか?」
わたしの声が思わず大きくなった。手応えのある発見に、胸が高鳴る。
「大正解!」
彼女は目を細め、楽しげに手を叩いた。
「たしかに外部フィルターは大きな容量のろ過槽が魅力的。だけど、ろ材の詰め込みすぎは目詰まりにつながるんだ。その悪影響の範囲は思ったより広いのさ!」
「だから、ろ材をボール状にして積み上げた時に隙間ができるようにし、通水性を確保しているんですね?」
「ご名答!」
満足そうに頷いたお師匠様は、次のろ材を棚から引き抜いた。
![]() |
・エーハイム メック。リングろ材の雄だ。 |
物は使いよう
「外部フィルターは目詰まりとの戦いなんだ!」
歴戦の勇士のような口ぶりで言い放つと、パタパタと先ほどのろ材を小走りで戻し、今度は別のろ材を持ってきた。パッケージには中央に穴の開いた円筒形のろ材が描かれている。
「これはね、エーハイム・メックといって、セラミックでできた物理ろ材の一つなんだけど、どうだい? 不思議な形をしているだろう?」
「ストローみたいに真ん中に穴が空いてます!?」
そこまで口にすると、心の中でするりと浮かび上がってきた。
「あ! これってつまり目詰まり対策ですか?」
「そういうこと!」
――なんということだ。今まで表面積さえあればいいと思っていた。
まさか、そこまで形状にこだわりがあるだなんて。
ふと視線を巡らせると、さっき(前回)話題に上がったガラスろ材が目に入った。
「あぁ、これもリングろ材ですね?」
「その通り! 他にもいろいろあるよ? ほら、このプラスチックろ材とか見てよ?」
彼女の指差す先には、見慣れない色と形のろ材たちが並んでいた。
「メーカーや愛好家が、どれだけ外部フィルターの通水性に腐心しているか、分かってくれたかな?」
「はい!」
わたしは素直に頷いた。
「それで……だ」
お師匠様はわたしのカゴの中を覗き込み、少しだけ表情を引き締めた。
「このサブストラットというろ材は、砂利のような形をしているんだ。これはどういうことか分かるかな?」
「砂利……ですか? うーん……」
首をかしげながら、わたしは言葉をつないでみる。頭の中でイメージを探ってみるけれど、どうにもしっくりこない。
そんなわたしを見て、ロゼッタは少し声を弾ませて続けた。
「実はね? ろ材コンテナにキチキチのパンパンに押し込めることができるんだ!」
「あぁ! もしかして、形が不定形だからこそ、目いっぱい詰めると隙間が生まれず、通水性が悪化しやすいんですね!?」
はっとして、思わず声が弾むと、彼女は満足そうに頷いた。
「そういうこと♪ だけど、それをすると、キミならもう分かってるよね?」
「詰め込みすぎは良くないというわけですね?」
「その通りさ! キミの水槽はプレコ水槽だから、木くずで詰まりやすいはずだしさ!」
木くずでフィルター内が茶色に染まり、パイプからはポタリポタリとしか水が出てこない光景を想像すると、背筋が寒くなる。
しかし、意に介さずお師匠様はどこか楽しげな表情を浮かべている。
「その様子を見ると、ばっちり異常事態のイメージできたみたいだね? もちろん、プレコのような中型・大型魚で使うなとは言わないよ? だって、趣味だからね?」
「うーん、なるほど……」
わたしは目を伏せ、少し考え込んだ。
納得はしたけれど、どこか腑に落ちない点も感じていると、お師匠様は熱をこめて話をまとめた。
「でも、なるべくなら、生体やろ材に合った使い方やメンテナンスをしてあげたいところだよね? 魚の命がかかってるんだからさ。『物は使いよう』。ろ材もうまく使ってあげたいところだね!」
一連の説明を終えて、ふっと口元を緩める。
彼女はそうまとめると、少し笑った。
かつて自分も、同じような失敗をしたことがあるのだろうか?
![]() |
・珍しい板状ろ材のエーハイムバイオメック |
ろ材を飼う
「つまり、飼育している魚や、ろ材の組み合わせや順番によって大きく変わる、ということですよね?」
わたしが考えを整理するように言葉を紡ぐと、お師匠様は迷いなく答えた。
「そういうことさ! 例えばキミが選んだろ材のように目の細かいものを使うのであれば、その前にはプレフィルターや青スポンジ、さらには目の粗いプラスチックろ材を入れてあげれば、プレコ水槽でも十分利用できると思うんだ」
その口調はどこか楽しげだったが、次第に真剣味を帯びてきた。
「結局のところ、テンプレートの通りにろ材をセットしてメンテナンスすればいいというわけではないんだよ? 汚れ具合や通水状態を観察しつつ、常に微調整していかなければならないんだ」
その目には、ドクターが患者を診察するような、優しいながらもギラリとした鋭さが宿っていた。
「なるほど……フィルターといっても奥が深いんですね?」
感心して声を漏らすと、彼女はいたずらっぽく笑って言った。
「そうさ! だから『ろ材を飼っている』という人もいるぐらいなんだからさ!」
その例えが妙に腑に落ちて、思わず吹き出しそうになる。
わたしは少し得意げに頷いた。
「たしかに、魚に餌を作らせて、硝化細菌を飼育しているようなものですものね?」
自分の中でようやく点と点がつながった気がした。
すると、お師匠様はくっくっと笑い、いたずらっぽく微笑んだ。
「んふふ、学科が学科だし、キミももしかしたらその口かもね?」
そんな話をしていたのに──
およそ1年後、わたしはサブストラットでやらかすことになる。
この話は、いつか書きたいと思う。
まとめ
最後にストーリーをまとめつつ、話に盛り込めなかった部分も追記して、終えたいと思います。
水槽のろ材はフィルターの“詰め物”ではありません。
その形状は水槽の水質を左右する重要な要素であり、通水性やろ過効率に大きく関わっています。ろ材の形状には丸いボール型、不定形の砂利状、穴の開いたリング型や板型など、多様なバリエーションがあります。
例えば、丸いボール状のろ材は積み重ねると必ず隙間が生まれるため、水の流れが良く、フィルター内の目詰まりを防ぎやすいという利点があります。
一見、隙間がもったいなく感じられるかもしれませんが、その隙間こそが水の通り道となり、ろ材全体の効果を高めています。
一方、不定形の砂利状ろ材は目詰まりしやすいというデメリットはありますが、隙間なく詰められるためろ過能力は向上します。
また、中央に穴の開いたセラミック製のリング型ろ材は、通水性を確保しながら表面積を増やす工夫がなされた形状です。しかし、その分ゴミが素通りしやすくなり、後方のウールマットに負担がかかることも多くなります。
どのろ材も、ぎっしりと詰め込めば通水性が悪化し、ろ過能力の低下だけでなく水中の酸素不足や油膜発生の原因にもなります。
ろ材の形状は、メーカーや熱心なアクアリストが「表面積」と「目詰まり対策」のバランスを追求し、研究を重ねた結果であり、それこそがろ材選びの重要なポイントなのです。
結局のところ、ろ材の形状は生体や使用するフィルターに合わせて選ぶべきであり、単に“たくさん詰めれば良い”わけではありません。
例えば目の細かいろ材を使う場合は、その前にプレフィルターや粗めのスポンジを置き、汚れを除去して通水性を保つ工夫が必要です。
また、目の大きなろ材だけではゴミが通過してウールマットが汚れやすくなるため、頻繁な交換や目の細かいろ材を後方にセットするなどの工夫も必要です。
常にろ材の汚れ具合や水流を観察し、微調整を繰り返すことで初めて快適な水環境が作られます。
このように、ろ材の形状や配置を理解してうまく使いこなすことが、長く健康なアクアリウム生活の近道です。
趣味としてだけでなく、魚の命を守る大切な役割を担うことを忘れず、愛情を持って管理していきましょう。