物理ろ材と生物ろ材のバランスは大切
フィルターの水流が、なんだか弱くなった気がする――。
そんな小さな変化を感じたことはありませんか? 実はそれ、水槽が「ちょっと苦しいよ?」と訴えているサインかもしれません。
ろ材の詰まりは、静かに、でも確実にアクアリウムのバランスを崩していきます。今回は、プレコ水槽で起きた小さな異変について、ストーリーでやさしく紹介したいと思います。
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水槽の前に座り、ネットをスクロールしていると極上のろ過という文字が目に留まった。記事には、商品画像への外部リンクとともに、高価な生物ろ材をたっぷりと使う外部フィルターこそ、至高のろ過だと書かれていた。まるで何十年も水槽を見てきたかのような口ぶりで。
若かったのだと思う。
お金を払った分だけ性能が良い。この界隈で不足しがちな、普段の生活ではありふれた信仰を欲していたのかもしれない。
いずれにしても、水の中で生きる魚たちに、完璧な環境を作ってやりたいという気持ちだけは本物だった。だから、それが胡散臭い話であると分かりつつも、書かれていたことをそのまま受け入れてしまったのだった。
その気になって生まれたトラブル
極上のろ過
(これは2000年代とフィクションが織りなす不思議な世界の物語)
ある日、いつものショップに向かうと、サブストラットが特売だった。
なんでも、新しい「サブストラットプロ」が出るとかで、在庫処分の旧タイプが三割引き。
2箱で4000円。わたしにとっては、まさに掘り出し物である。
これでプレコ水槽も極上のろ過になると、期待に胸を膨らませながら会計を済ませたのだ。
わたしの60cm規格のプレコ水槽では、フルーバル304とエーハイム2213が働いている。前者はろ材がすべて付属してきたのに対し、後者は青い粗目のスポンジのみ。仕方なく前身の45cm水槽で使っていたエコSのろ材を流用していたが、容量が違うせいでコンテナの1/3ほどしかサブストラットを詰めることができなかった。残りはすべて青スポンジ。
せっかくの外部フィルターが、となんともやるせない気持ちになったが、そこにきてのあの特売。邪魔者を撤去し、そこへサブストラットを足し、ついに「完璧」な構成となったのだ。
しかし、わたしは知らなかった。それが、どれほど危うい幻想かを。
静かな異変
昼下がり、部屋の空気にはアクアリウム独特の湿り気が漂っていた。ガラスの向こうでは、プレコたちがガーネットの砂埃を上げながら、おやつに投下した餌の取り合いをしている。
ぼんやりと眺めていると、視界の全てを黒髪に奪われてしまった。今日は、新生プレコ水槽の祝賀会と称して、お師匠様が訪ねてきているのだ。その彼女が水槽の前に陣取り、正座で張り付いて観察し始めたものだから、わたしの視界から水槽は消えてしまったのだ。
だが、それすら楽しく感じる。
そもそも、アクアリウムという趣味は見た目以上に静かなものだ。作って、塗って、動かして遊ぶロボットプラモデルのような派手な変化はない。餌をやる瞬間は確かに楽しいけれど、それもやり過ぎれば水質を悪化させるから、危うい遊びだ。
だからこそ、わたしたちの「遊び」はもっと地味で、もっと手触りのあるものに向かっていく。
――水換えだ。
観察と餌やり以外に、アクアリウムで直接手を動かす機会といえば、それくらいしかない。水槽のガラス越しに魚を見つめながらプロホースを握る時間こそ、わたしたちの小さな儀式のようなものだった。
「さぁ、はじめよう!」
お師匠様が笑みを浮かべながら袖をまくる。その声に背を押されるように、わたしはプロホースを水槽へと差し込んだ。底の砂の上に落ちたプレコの糞を吸い上げると、水流と混ざり合って、緑の濁流となり勢いよく水が飛び出す。
だが、不思議なことが起きた。
水位が減っても、排水パイプから生まれる水紋が一向に立たないのだ。嫌な予感がして水位をさらに下げると、2213の排水パイプの口からは、今にも尽きそうな湧き水のように、ちょろちょろと水が落ちているではないか。
「あれ!?」
わたしの声が裏返った。
「わぁ! これはキミ、大変だよ!」
お師匠様もすぐに驚きの声を上げ、2213のパワーヘッドに耳を当てた。
その表情が一瞬で険しくなった。
「この唸り……フィルターが詰まってるんじゃないかな?」
焦りで手を震わせながら、急いで電源を切り、ダブルタップからホースを外す。
フィルターを開けると、ずっしりと重いウールマットが現れた。手に取ると、ゴミを吸い込みすぎてプリンとした感触があり、それが黒っぽいチョコレート色に染まっている。
「この色は?」
「流木のアクっぽい色だね。いや、おそらくは……。まぁ、中身を見てみよう!」
ウールを脇に置き、大急ぎでろ材コンテナを確認した。サブストラット自体は白く、ぱっと見では問題がなさそうだ。だが、ろ材とろ材の隙間に妙な色味がついているのがネット越しに見える。
本来、光が差し込み、粒の凹凸が影を落として立体感を作るはずなのだが、隙間を埋めるように茶色の筋がいくつも走っており、なんとものっぺりとした印象を受ける。
「――これはいったい?」
「まぁまぁ、ネットから出してみようよ?」
ネットからろ材をこぶし大に取り上げる。途端に、そこから漂う流木独特のくすんだ香りと、手の中に広がるモソモソとした感触。不思議に感じて手の中をのぞきこむと、思わず息を呑んだ。
「これは……全部木くずだ!」
彼女ものぞきこむ。
「ほら、よく見てごらん? キミの流木と色がまったく同じだよ♪」
お師匠様がわたしの目を見て言うので、たまらず手の中の色と流木を見比べ、そして置いたウールマットをもう一度手に取る。
「うわ……こっちも、木くずまみれだ……!」
言葉にした瞬間、肩が落ちた。
新しい流木、新しいろ材、学生の薄い財布を叩いて奮発したのに、こんな結果になるなんて。
「想像するに、プレコ3匹が出す糞の量に、キミのフィルターが耐えきれなかったんだろうねぇ~」
ウールマットを取り出した時点ですぐに分かることだっただけに、お師匠様も苦笑い。
「でも、どうして? だって青スポンジを使ってた時は、問題なくろ過できていたんですよ?」
濁った水面に、プレコたちがのそのそと姿を現す。
そのゆったりとした動きが、何かを語りかけるようで、わたしは思わずその目を見つめ返していた。
――わたしの選択は、どこで間違えたのだろう。
極上の罠
午後の日差しが水面を照らし、壁に淡い水影をつくっていた。プレコたちは、そのゆらめく光の中でじっと流木に張り付き、まるでこの異変を遠巻きに見守っているようだった。
お師匠様は腕を組み、少し首をかしげた。その顔には、呆れと諦めが入り混じっている。
「え゛? 青スポンジはどうしたの? 外しちゃったの?」
「はい。安かったので、サブストラットを買って、それと交換する形で……」
言葉にしながら、わたしは視線を逸らした。ロゼッタの眉がゆっくりと持ち上がる。
「ということは、下から上までサブストラット?」
「……はい」
返事をした途端、彼女は深いため息をついた。
「そりゃあ、これだけ目の細かいろ材を上から下まで使ったら、そうなるよねぇ……」
やさしい口調だったが、その奥には落胆の響きがあった。
「でも、いままでサブストラットを使っても大丈夫だったんですよ?」
食い下がるように言うと、ロゼッタは平手をブンブンと振りながら、首を横に振った。
「それはね、目が荒くて物理ろ過性能が高い青スポンジと、生物ろ材としてのサブストラットのコンビネーションが良かったおかげだったのさ」
「組み合わせ? でも、生物ろ材をたんまり詰めれば、極上のろ過だって……」
「そんなわけあるはずない。結果を見れば一目瞭然じゃない?」
彼女は笑いながら、軽く指先でフィルターの外装を叩く。
「だいたいこの水槽はプレコ水槽なんだよ?」
「でも……」
わたしの反論は終わった。
その姿を見て、ロゼッタの目がやわらかく細められる。
「キミだって気づいていたはずだよ? 水槽ではそんなミラクルは起きないってね」
肩の力が抜け、思わずうなだれる。
頭の中で、記事の中にあった「極上のろ過」という言葉が虚しくこだまする。やはり、噂は噂に、広告は広告にすぎないのだ。
「最近は国内メーカーの外部フィルターも多く出てきて、さらにネット環境も拡充しているからね。聞き心地の良い極論がまかり通っているんだ」
ロゼッタは諭すように語り続けた。
「だけど、ろ材には役割分担があるんだよ。生物ろ過ばかりスポットライトを浴びるけど、物理ろ過も大切な仕事なんだ。ここがダメになると、どうなるか分かったでしょう?」
そう、そんなの百も承知だった。
ただ、「どうなるか見てみたい」という気持ちが生まれ、気づけば理屈を簡単にねじ伏せてしまっていた。気づいた時にはその宣伝文句を信じ、結果、4000円の散財。
わたしは苦笑いを浮かべた。
つくづく、この趣味は恐ろしい。浪漫と浪費が表裏一体だ。
はぁとため息をつき、改めてお師匠様に尋ねることにした。
「でも……もしこの生物ろ材がダメだとして、どんなセラミックろ材を詰めれば良かったのですかね?」
「そうだね。本来なら青スポンジで十分なんだけど、あえてセラミックで言うなら、エーハイムのメックのように目が粗くて通水性を確保しているものがいいだろうね」
「……それって、リングろ材と呼ばれているものですか?」
「それがね、リングろ材だってあんまり目が細かいのはダメさ」
ロゼッタは軽く笑い、わたしの方を向く。
「ろ材にはいろんな形がある。でも、その形よりも粒の大きさを見てほしいな」
彼女は少し身を乗り出して水槽を見つめ、はっと声を漏らして目を見開いた。そして指を差す。
「とにかく、このフルーバル304を見てほしい! そんな机上の空論は後さ!」
その瞬間、わたしも止まった。
フルーバル304のラッパ状の排水口から、水がじゃばじゃばと勢いよく流れ出していたのだ。
「同じ環境なのに……どうして!?」
わたしの声が震える。
ロゼッタは微笑み、静かに言った。
「それを考えるのが、今日の課題だよ」
極上を差し置き、動き続けた理由
水槽台の下に置かれたフルーバル304の蓋を慎重に開ける。
わたしは息を詰め、まずスポンジろ材を取り出した。縦にまっすぐ伸びた4本のフォームは、木くずでぱんぱんになってた。しかし、目の大きなスポンジが見事に絡め取り、孔は詰まっていない。その隣のろ材コンテナに目を向けると、付属の生物ろ材には思ったほど木くずが付着していなかった。
「このフィルターは、物理ろ過重視なんだね。図らずとも、2213よりもキミのプレコ水槽には向いている組み合わせだったというわけだよ」
このフィルターの第一印象は、こんなにもスポンジが多くて大丈夫なのかと不安がよぎったものだ。だが実際は、わたしの水槽のセーフティーネットともいえる存在だった。
「そもそも、フィルターが止まればろ過は利かないし、酸素が減るとろ過細菌も死ぬ。さらに水流が止まれば水槽内の酸素も減る。いいことなんて何もないんだ」
彼女はサブストラットを手に取り、そっと鼻を近づけた。
「大丈夫みたい」
「何か嗅いだんですか?」
「酸素が減ると、ろ材にたまった有機物が腐敗することがあるんだ。もし気付かずに軽く洗って電源を入れたら、有害物質が水槽に入って大変なことになる」
「そんな……」
「でも大丈夫、いつものろ材の香りだね。もしかしたら、ろ材コンテナの隙間を通って、ちょろちょろと通水していたのが功を奏したのかもしれない」
「なるほど、酸素は幾分か供給されていたってことですね?」
「そういうこと。それでも、このろ材はちゃんと洗ってから使ってほしいな。見えないところで腐敗が進んでいるかもしれないし?」
「もし完全に腐っていたら?」
「もし腐ってアンモニア臭がしたら、潔く完全リセットしかない。よく洗って天日干しして、再利用かな。煮沸や薬剤での消毒でもいいと思うけど」
一瞬の油断が大惨事になりかねなかったことを思うと、胸の奥がぞくぞくとする。どうやら、わたしのろ材熱はこの一件以来、ますます物理ろ過へと傾いていったのだと感じた。
まとめ
外部フィルターを使っていると、いつの間にか水の流れが弱くなっていた……なんて経験、ありませんか?
その原因の多くは「ろ材の詰まり」にあります。ろ材は水をきれいにする大切な役割を担っていますが、使い方や詰め方を間違えると、ろ過性能を下げてしまうこともあるのです。
まず押さえておきたいのは、ろ材には「物理ろ過」と「生物ろ過」という2つの役割があるということ。
スポンジやウールマットのようにゴミを受け止めるのが物理ろ過、バクテリアがすみ着いてアンモニアなどを分解するのが生物ろ過です。どちらか一方だけでは十分に働かず、両方のバランスが取れてこそ、水槽全体の環境が安定します。
ところが、「生物ろ材を多く詰めれば最強」という謝った認識から、通水性の悪いセラミックろ材をぎっしり詰めてしまうケースが少なくありません。
かえって水の通り道がふさがり、酸素の供給が減って、バクテリアがうまく働けなくなってしまいます。結果として、意図せず水質が悪化することも。
理想的なのは、目の粗いスポンジやリングろ材など、通水性の高い素材を下層に配置し、上層に生物ろ材を重ねることです。こうすることで大きなゴミを先に取り除き、清潔な水が安定して循環します。また、定期的にろ材を軽くすすいで汚れを取り除くのも大切です。
ろ材の詰まりは、フィルターが教えてくれる小さなサイン。水流が弱まったときは「そろそろ掃除してね」という合図かもしれません。焦らず丁寧にメンテナンスしてあげることで、水槽はいつでも穏やかに輝き続けます。


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