オートにサーモスタット、そして水温可変式、どれを選ぼう?
水槽の中で魚たちがゆったり泳ぐ姿を眺める時間って、ほんとうにほっとしますよね。でも、その穏やかな水景を保つには、水温管理がとても大切です。今回は、初心者でも安心して選べるヒーターの種類や特徴、選び方のポイントを、ストーリーでやさしく紹介します。
窓際の光が、静かに空の水槽のガラス面を照らしていた。
今、この60cm規格水槽に新しいプレコ水槽を作っている。外部フィルターを2台設置し、サーキュレータータイプの水中ポンプも取り付けてある。水はまだ入れていないが、パイプの並びを眺めるだけで未来の姿が浮かんでくる。魚を入れれば、いつでも命が宿る準備はできているのだが、しかしまだ引っ越しはさせていない。
理由は簡単だ。
流木やエアストーン、ヒーターなど、細々とした器具たちをまだ選び切れていないのだ。そういう部分こそ慎重に、納得のいくまで迷いたい。それこそ、この趣味の醍醐味なのだ。
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これは2000年代とフィクションが織りなす不思議な世界の物語。
明日、その中でも、ヒーターの答えを出すつもりでいる。ノートパソコンを開き、ネットショップの画面をいくつも並べてみる。
「どれがいちばん、あの水槽に合うだろうか……?」
つぶやく声が、春の静かな部屋に消えていった。
ヒーター選びは、水景、金額、病気対策との相談
新しい水槽のはじまり
45cm規格水槽で使っているヒーターは出力に余裕があり、おそらく60cmでも通用するだろう。だが、この部屋は木造二階建ての二階。冬の夜は思ったよりも冷え込みが厳しい。
水温が1℃違うだけでも、飼い主としてのストレスは大きい。
「やっぱり、新しいのを買うべきだな……」
室内照明が水槽を照らし、机に反射してきらめいている。あのガラス箱にも、新しい世界が生まれようとしている。ようやくその時が来たのだ。
――だからこそ、水槽のお師匠様ことロゼッタに、明日いつもの場所で会う約束をした。
ヒーター選びに決着をつけるのだ。
安くてすっきりオートヒーター
GWが終わったばかりのサークル棟のバルコニーは、すでに夏の気配をまとっていた。
白いベンチが太陽を受けてじりじりと熱を帯び、金属の手すりは指先に痛いほど熱い。
風はあるのに空気は生ぬるく、まるで夏がもう来てしまったかのような天気だ。
そんな日差しを避けるように、影に包まれた長ベンチの端に腰を下ろしたお師匠様は、手元のタンブラーを軽く揺らしながら、おもむろに口を開いた。
「さて、オートヒーターに、温度可変式ヒーター、それにサーモスタットとセットするタイプ。3つの種類がある。今日キミはその違いについて、ボクに聞いているんだね?」
いつもの柔らかい声。しかし、その前に浮かべた得意げな笑みは、説明が始まる合図のようでもあった。
確認するように、彼女が本日のアクアリウム談義のお題を述べると、わたしは間髪入れずに答える。
「いくつか種類があるということは知っています。ただ、その違いが漠然としていて……」
ロゼッタは軽く髪をかき上げ、タンブラーを口にしてから、ふぅとため息をついた。
その仕草は、つい最近まで少女だったとは思えないほど思えぬほど艶めかしいものだ。だが……
「なるほどね。じゃあ、せっかくだから、1つずつ話していこうか」
口調が一転して講義的なものへと変わる。
この瞬間こそ、わたしたちがひそかに楽しみにしている時間だった。
もし学内の誰かが見たら、仲のいい男女が初夏の午後を過ごしているように見えるだろう。
だが実際は、心の中で涎を垂らして行われる、オタク同士の情報交換そのものなのだ。
「それで、まず、いま使っているのは何だっけ?」
「えーっと、サーモスタット内蔵型の、いわゆるオートヒーターです。設定温度が変えられないのが難点ですが……」
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| ・水温は変えられないが、値段は安く見た目もすっきり |
ロゼッタは頷き、少しだけ目を細めた。
「オートヒーターはね、値段も安いし、センサーのコードも水中に入らないから見た目もすっきり。だから初心者向けでもあるし、水景の見た目を大事にするベテランさんにも好まれるね」
わたしがウンウンと首を縦に振ると、彼女はにやりと唇を歪めた。
「で、キミはそれを使ってる。じゃあ、今日話したいのは“それ以外”ということでいいんだよね?」
「そうなんです」
その瞬間、風が一陣吹き抜け、バルコニーに吊るされた植物の鉢がかすかに揺れた。
光が葉の隙間を通って、ロゼッタの頬を一瞬照らす。
彼女の瞳の奥に、どこか楽しげな輝きが見えた。
水温可変式ヒーターとサーモスタット&専用ヒーター
青く透き通る空が広がっていた。
ロゼッタはその空をしばらく見つめ、静かに息を吐いたあと、わたしの目をまっすぐに見て話し始めた。
「まず紹介するのは、温度可変式ヒーター。これはね、コンセントにさすプラグとヒーターの間にダイヤルがあって、そこで温度を設定できるタイプなんだ。サーモスタットはヒーターの中に内蔵されている」
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| ・一体化した温度可変式ならイニシャルコストは低いが…… |
淡々とした説明のなかにも、わずかな熱がこもっている。
つまらない器具の話であっても好奇心の対象である。積み重ねられた情報を反芻するように飲み下し、それを味わいながら外に出す。それでしか埋め合わせの利かないものがあるのだろう。
――いや、あるのだ。
「利点はなんでしょう?」
そう尋ねると、ロゼッタは少し顎に手をあてて考えこむ。
「そうだねぇ……まず、温度を変えられる点は言わずもがなだね。それと、サーモスタットのセンサーがヒーターと一体になっているから、余計なコードがなくて見た目がすっきりしている。あとは、後で話すサーモスタットとヒーターのセットタイプと比べると、初期費用が安いことかな」
彼女の言葉にうなずきながら、わたしは少し思案した。
ふと、気になっていたことを口にしてみる。
「ところで……こういうタイプのヒーターが故障した場合、温度を変えるダイヤルだけとか、ヒーター部分だけ交換することってできるんでしょうか?」
ロゼッタは小さく首を振った。
「残念ながら、それはできないんだ」
「じゃあ……長い目で見たら、ちょっとお高い買い物だと言えるんですね」
「まぁ、そういうことになるね」
彼女は軽く笑って、椅子に座り直した。ロングスカートの裾がふわりと揺れ、わずかに風を含む。足元にのぞく運動靴は、フィールドワークで着けてきたと思わしき泥を湛えていた。
「やっぱり、そういう人にはサーモスタットとヒーターが別々のタイプがおすすめだよ。1000円ぐらいしか違わないしね」
彼女はタンブラーを片手に話を続けた。
「双方はコンセントとプラグでつなぐタイプでね。さっき言ったとおり、片方が壊れても壊れた方だけを交換すればいい」
「なら、わたしみたいな水槽オタクが長期的に利用する場合には、やっぱりそれがいいんですかね?」
「うーん……、どうだろう。というのも、初期費用はちょっと高めなんだ。それが玉に瑕なんだよね」
「でも、温度可変式ヒーターと比べれば、ランニングコストは安いんですよね?」
「まぁ、一応……ね? たしかに、壊れるのはたいていヒーターの方だから、交換費用は安く済む。でもね、ライバルはそればかりじゃないよ」
「……ライバル?」
「そう。たとえば、オートヒーターだよ」
その名前を聞いて、思わず顔を上げた。
「温度を固定して使う場合に限れば、サーモスタット式ヒーターとオートヒーターの値段はほとんど変わらないんだ」
「えぇ!? そんなに差がないんですか?」
「昔はね、サーモスタット専用ヒーターの方が少し安かった。でも、今は価格差がほとんどなくなった。さらに言えば、キミが使おうとしている60cm規格水槽用の器具って、そもそも安い。だから、コスパだけで言えば“元を取る”って感じにはなりにくいんだよね」
彼女の説明に、わたしは取っていたメモの手を止めて小さく息を吐く。機能とコスト、その均衡は思っていたよりずっと繊細のようだ。
![]() |
| ・サーモと専用ヒーターの組み合わせは、ランニングコストが安い(過去形) |
余談:大型水槽ではオートヒーターは使えない
風が頬をなで、遠くで鳥の声がする。昼下がりの群青色の、雲ひとつない空は、お師匠とわたしの絆そのものだ。
「ふと思ったんですが?」
「ん? どうしたんだい?」
「その、なんだか……ずいぶんオートヒーターを推しているように聞こえますね」
「ふふ、そう聞こえちゃった? でも、推してるわけじゃないんだ。ただ、向き不向きの話さ」
ロゼッタはそう言って、少し身を乗り出したので、わたしは逆に質問してみることにした。
「そもそも、オートヒーターの弱点って、温度調節ができない以外に何があるんですか?」
「そうだねぇ……」
と彼女は空を見上げた。
そんな質問をするのは、オートヒーターを盲信するのではなく、体験や客観的な根拠があるはずだと考えたからだ。それをすぐに引き出すため、ちょっと意地悪な質問をしてみたのだが……。
お師匠はおもむろに口を開いた。
「あえて言うなら、大型水槽用の製品が少ない点かな。たとえば75cmとか90cm規格になると、もうサーモスタットと専用ヒーターの組み合わせか、温度可変式を選ぶしかない」
「あっ! なるほど。たしかに、300Wのオートヒーターって見たことがありませんね。だから、60cm規格くらいまでが、オートヒーターの守備範囲ってことなんですね?」
「そういうこと。言い換えれば、キミの水槽規模なら、どのタイプでも選べるというわけさ」
白点病対策には有効だが、現実は……
「――ところで、……だ」
ロゼッタがクリンとした前髪を指でクルクルといじると、いつもの柔らかな雰囲気が一変した。彼女の目がすっと細まると、その奥で何かがギラリと光ったように見えた。
「キミの60cm規格水槽、本当に温度調節って必要あるの?」
唐突な問いに、わたしは一瞬きょとんとした。
「たとえば、30℃でディスカスの稚魚を飼育するとか? それとも75規格や90規格にステップアップする予定があるとか?」
言葉に詰まり、わたしはうつむいた。
確かに、そこまで温度を操作する必要は……今のところない。
けれど、ふとある言葉が頭をよぎった。
「その……白点病の治療にいいかなと思って」
ロゼッタの眉がぴくりと動く。
「あぁ、白点病ね~」
深いため息をつき、軽く背もたれに寄りかかると、鋭い視線が飛んできた。
「で、今白点病で困ってるの?」
「いえ……今は特には……」
わたしが首を横に振ると、彼女は苦笑した。
「だよね。水槽が3つも安定して回っているなら、白点病とはほぼ無縁だと思うよ」
「でも……白点病って“魚の風邪”って言われてますよね?」
「そう言う人もいるね。でも実際はちょっと違うんだ」
ロゼッタは空を見上げ、まぶしそうに片目を細めた。
「白点病が流行るのは、水槽の立ち上げ初期に多い。環境がまだ不安定で、アンモニアや亜硝酸が出ている頃。魚の体力も免疫も低下しているから、寄生虫に負けやすいんだ」
「なるほど……そういう仕組みなんですね」
「だから、ちょっと水温が下がったくらいで、いきなり白点が出ることは、実際あまりない。なんらかの環境の不備が続いていてストレスがたまり、そこに水温の不安定さが加わることで体力・免疫力が落ち、日和見的な感染を起こして発症するんだ」
言われてみれば、ろ過が立ち上がってから白点病を見たことがない。魚が体をこすりつけるような仕草も、ほとんど見た記憶がない。
「まぁ、これはあくまでボクの経験則だけどね。長くやってると分かるんだ。白点病は、水槽を始めたときほど出やすい。水槽が安定している人ほど、ほとんど縁がない病気なんだよ」
風が吹き抜け、ロゼッタのショートヘアがわずかに揺れた。
その表情は、まるで数多の水槽を見てきた観察者のように落ち着いていた。
結局は?
「ということは……?」
わたしは話の結論に気づくと、息を飲んだ。
「まぁ、正直に言えば、ボクはヒーターで白点病対策をしなくても、わたしはいいんじゃないかって思ってるよ?」
「やっぱり……」
「だって、値段が値段だもの。サーモスタットと専用ヒーターや温度可変式ヒーターは、常用するにはちょっとねぇ……」
彼女はそう言いながら、タンブラーを軽く回した。氷が小さくカランと鳴る。
「それにね、白点病には“マラカイトグリーン”っていう強力な魚病薬もあるんだ」
「あっ、それ! 昔、お守りとして買おうとしてたかも?」
「あはは、お守り…ねぇ。まぁ定番中の定番だから、そう思っても差し支えないだけどさ」
思わず上擦った声を上げると、それに合わせてロゼッタも笑ってうなずいた。
「もちろん、水温を上げるのも効果はあるよ? でも、白点病は一歩間違えると命に関わる。だからこそ、予防と早めの薬浴を大切にしてほしいんだ」
わたしはその言葉に静かにうなずく。
白点病の話を見かけるたび、不安になっていた。けれど、お師匠様の言葉を聞いて、少し肩の力が抜けるのを感じた。
気が付けば初夏の陽射しが、ベンチの影を長く伸ばしている。
遠くの空から風鈴の音がかすかに響いてくる――水泡が弾けるように柔らかく澄んだ音だった。
まとめ
アクアリウムの水温管理に欠かせないヒーターですが、種類や使い方を知っておくと、水槽の管理がぐっとラクになります。
まず、温度可変式ヒーターは、プラグと本体の間にダイヤルがあり、自由に温度を設定できるタイプです。センサーが本体に内蔵されているため、余計なコードが少なく、見た目もすっきり。初期費用は少々高めですが、難しいことを気にせず手軽に導入できるのが利点です。ただし、故障した場合は本体ごとの交換が必要になるため、長期的には少しコストがかかることもあります。
一方、サーモスタットとヒーターが別になったタイプは、ヒーターの故障時に片方だけ交換できるのが魅力です。初期費用はやや高めですが、ヒーター故障時はヒーターのみを交換できるため、毎年のランニングコストは安く済みます。長く付き合う大型魚の水槽には、こちらのタイプがおすすめです。ただし、サーモスタットには別途水槽に入れるセンサーがあり、このコードの存在で水景の組み立てが少し難しくなることもあります。
温度固定のオートヒーターは、初心者向けのシンプルな選択肢です。温度調節はできませんが、コードが少なく見た目もすっきり。小型水槽や安定した水温での飼育には便利です。ただし、大型水槽には対応する製品が少ないため、選ぶ際は水槽サイズの確認が大切です。
ヒーターを選ぶポイントは、水槽のサイズや設置場所、管理の手間やコストとのバランスです。初心者なら手軽に使えるオートヒーターや、白点病対策ができる温度可変式ヒーターがおすすめです。ベテランの方なら、サーモスタットとヒーターが別々のタイプがおすすめですが、景観やコストを考えてあえてオートヒーターを使うのも十分検討の価値があります。
とにもかくにも、水槽に合ったヒーターを選ぶことで、魚や水草の健康を守りながら、美しい水景も楽しみましょう。



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