水槽台は意外と悩みやすいお買い物
水槽台って、意外とどれを選ぶか迷いますよね。
スチール製は軽くて安価、木製は見た目や静けさが魅力的。
どちらも長所と短所があり、知っておくと後悔しません。
今回は、その選び方のヒントをストーリーでわかりやすくお届けします。
**********************************
三月の放課後。
春が近づいているはずなのに、街の空気はまだひんやりとしている。
大学の講義を終えた足で、わたしは今日もお師匠様と一緒に、いつもの熱帯魚店へと向かう。
別れの季節の飲み屋街には、宴を控えた人々のざわめきが早くも広がり、客寄せの電子音が奏でるエレクトリカルパレードが一人寂しく流れている。
通りは笑い声や乾いた靴音が重なり、不思議な高揚感に包まれていた。
わたしたちは、早歩きで飲み屋街を抜け、高架橋のさらに先にある大通りへと向かう。
やがて、街路樹が立ち並ぶ左側にガラスの壁が見えてきた。張り付けられた日除け代わりのポスターからは、水の光がこぼれている。
ホームグラウンドの変わらぬ光景に安堵しつつ、ドアを引いた。
水槽台迷走曲
愛し野サタンプレコ
カラカラカラッ♪
「いらっしゃませ♪」
「らっさっしゃい!」
手前のにこやかな女性の明るい声とは対照的に、店の奥から響く大男の怒号が響く。
お師匠様は肩をびくりと震わせて固まっている。
わたしは思わず笑いそうになったが、お師匠様がすぐに表情を取りつくろい、レジにいた少し年上のアルバイトと思わしき女性と世間話を始めたのを見て、店の奥へと一人で進む。
おそらく、この店の中和剤のようなものなのだろう。そんな背中を見届けながら、わたしは奥へとさらに足を進めた。
目当てはひとつ。
ずっと気になっていた魚――サタンプレコ。
マットなカーキ色の体に、鎧のようなごつごつとしたフォルム。
その存在感に、わたしの心は一目で奪われていた。値段も手ごろ。性格はやや気が強いと言われているが、他の大型種のように相手が死ぬまで攻撃を続けるわけではないと聞いている。
――いつかは、この子を迎えたい。
そう胸の内で決意を固め、夢中で水槽をのぞき込んでいたとき。
「もしかして、キミのハートを射止めたのはこの子かな?」
背後から不意に声をかけられ、わたしは振り返ると……
「でも、まだやめておいた方がいいよ?」
「えっ?」
そこに立っていたのは、お師匠様。
どうやら、レジ打ちの女性との話はそこそこにして、後を追いかけてきたようだ。
「さすがに45cm規格水槽に、大きくなるプレコを三匹は無理さ。だからそろそろ、60cm規格水槽の検討をしてみたらどうだい?」
彼女の言葉に、胸の奥で小さな焦りが灯る。確かにその通りだ。
![]() |
| ・水槽台はアクアリウムの縁の下の力持ち |
新しい水槽選びは土台から
「ちょっと、こっちを見てみようか?」
そう言うや否や、ガシッと二の腕を掴まれ、そのまま器具コーナーへと引っ張られていくと、たどり着いた先の光景に思わずため息をつく。60cm規格水槽の投げ込み式フィルターや外部フィルターのセット品が、高々と積み上げられていたからだ。
だが、彼女はその一角を通り過ぎると、さらに前へと引っ張り続ける。
やがて到着したのは、少し開けた展示スペースのような場所だった。
いくつもの60cm規格水槽が水槽台に乗せられ、セット内容のライトやフィルターとともに展示されている。
「ほらほら! これなんてどうだい? ちょっと見てみなよ!」
お師匠様の促しに、わたしは目を凝らした。
遠目にはそれほど大きく見えないが、近くで見るとその高さと幅は圧巻で、45cm水槽とは比べものにならない迫力に腰を抜かしそうになる。
「大きいでしょう? なんてったって水量は45cmの約二倍、60リットルもあるんだ! イメージできたかな?」
「これは……困りました。思った以上に大きいんですね。それに、どのメーカーのセットがお得なんでしょうか?」
戸惑い混じりに問いかけると、彼女はくすりと笑った。
「あはは! お買い得ねぇ? でもキミはもう初心者じゃないんだ。器具にもこだわりがあるでしょう?」
――たしかに、思い当たる節はある。
明るいライト、掃除しやすい底砂、静かなフィルター。頭の中で理想の水槽像が浮かび上がる。
押し黙るわたしを見て、彼女は見抜いたように微笑んだ。
「うふふ、図星だね。ならセット品じゃなく、単品で買い揃えてみてはどうかい?」
なるほど、と一瞬納得しかけたが、すぐにまた新たな疑問が胸を突いた。
「でも、どれから買い集めればいいのでしょうか?」
「はぁー、今日のキミは悩みが多いね。何を買うべきか、か……」
お師匠様はわざとらしくため息をつき、展示水槽をびしっと指差した。
「ボクなら、まずはその土台、つまり水槽台を決めるかな?」
![]() |
| ・水槽台の役目を終えても、いろいろな使い道が…… |
スチール製水槽台は軽くて安い!
艶やかな黒髪をゆっくり手櫛で持ち上げると、ふわりと柔らかな音を立てて優しい香りが漂った。
「水槽台には、いくつか種類があるんだ」
と口を開くと、再びヒールでツカツカと歩き出し、器具売り場の一角で足を止めた。そこには、所狭しと水槽台が、壁沿いの大きな棚の中に並んでいる。
わたしがたどり着くと、彼女はピンクベージュのスプリングコートをいきなり脱ぎ捨て、白のセーターに黒のマーメイドスカート姿があわらになった。
だが、女性らしい身なりは無視するかのように、仁王立ちで鼻息を荒く語りだした。
「まずお勧めしたいのはスチール製さ。なんといっても安価なのが魅力だね!」
細い手で数度叩くと、ベンベンと音がこだまする。
その顔は完全に、生物マニアそのものだ。
「わっ! これは安い! 5,000円を切っていますね!」
「そうでしょう、そうでしょう。キミにならきっと喜んでもらえると思ったよ! でも利点はそればかりじゃないんだよ?」
そう言い切ると、白くて小さな手で、金属製の水槽台を軽々と持ち上げてみせた。
「え? そんな簡単に上がるんですか?」
「見ての通りさ! 軽いから、単体では持ち運びしやすいし、なにより組み立てやすいのさ!」
思わずわたしも水槽台の天板を手に取ると、簡単に持ち上がってしまった。果たしてこれで大丈夫なのだろうかと感じたが、その質感は強固で、グラグラとした感じはどこにもなく、金属としての特徴をうまく取り入れた設計になっているように思えた。
「それでも、いくつか欠点があるから注意してね?」
彼女は改めて、このスチール製水槽台の一番上を指さした。
その先にあるものは、水槽を乗せると思しき部分に天板がなく、三の字型に骨組みだけが通っている。
「え? もしかして、これって?」
「そうなんだ。各社の創意工夫によるコストカットの結果とも言えるけど、天板がない構造になっているものもあるんだ」
「そのまま水槽を乗せれるんですよね?」
「フチあり水槽ならね。でもオールガラスの場合は別途天板の購入が必要さ。だから、選ぶときは十分に気を付けてほしい」
「それでも、木製の水槽台より遥かに安いんだけどね?」
と、彼女は得意げな顔でウィンクした。
「となれば……ちょっと高いけど、この右隣の天板付きのがよさそうに見えますよね?」
「まぁ、そうなるよね?」
と指をさした先にあるのは、黒いスチール性の水槽台。
天板どころか下段まで鉄製の板張りで、なにかと使い勝手が良さそうに見える。
「これ、ロングセラーなんだ~。でもほとんど木製の水槽台と値段が変わらなかったりして……?」
今度は目を左側に移すと、ほぼ同じ価格が記されたイエローの値札が、木製の水槽台から垂れ下がっている。
「うーん、なかなか難しいですね!」
「そうなんだよ! 魔境なんだよ!!」
お師匠様は、ふぅとため息をつくと背伸びした。
「値段のことは置いておいて、別の欠点も紹介しよう。キミはこれについてどう思う?」
「もしかして、見た目のことですか?」
「そうとも。これをシックや無骨と捉えるか、それとも安っぽいと捉えるか?」
「うーん……それは、人それぞれかもしれませんね」
言われてみれば、周りの木製の水槽台と比べてチープな気がする。
だがそれはあくまで木製と比べたからこそ抱いた感想だ。
もし金属製のこれらしか知らなかったら、そこまでの感想は抱かなかっただろう。
店の宙を見上げ、物思いに耽っていると、お師匠様が口を開いた。
「ちなみに……だけどね。ボクは余った水槽台をキッチンに置いて、炊飯器や給湯ポットを置いているよ? もちろん部屋の色合い次第だけど、なじみやすいことも多いとは思うんだ」
たしかに、白や黒を基調としたキッチンなら合いそうな気もする。
だが、木目調が利いたわたしの床や壁とはおそらく合わないだろう。
しかし、こちらの吟味など知ってか知らずか、彼女は口を動かし続ける。
「あ! それとね、金属製だからポンプの音が響きやすいんだ! 外部フィルターはもちろん、エアポンプなんて置いた日には……」
――あぁ、それはダメだ。
いま、わたしの中で水槽の騒音が問題になっている。
その中心はエアポンプなのだ。
「うーん……、騒音がうるさくなるのは勘弁してほしいところですね」
「あはは! じゃあ木製かな?」
木製の水槽台はリッチな気分に
「次は木製の水槽だよ?」
今度はその左隣にある白い水槽台を指さした。
「最近は随分と安くなってきたんだけどね、それでも依然としてこちらの方が1.5倍は高いんだ。それでもいい見た目でしょう?」
たしかに、重厚感がある。
これは、水槽台と名前はついているものの、その造りは家具そのものだ。
それに、このタイプには、わたしの気持ちを強く惹くもの、あるパーツが付いている。
「鉄製のものを見た後だからか、なかなかいいですね」
「そうでしょう? この白く塗られた水槽台は何にでも合うだろうし、この隣にある木目調の水槽は重厚感があって、インテリアとしての水槽をより魅力的に見せてくれるはずさ!」
「そうだと思います! それに1つ気に入った点があります。扉があるんです!!」
というと、お師匠様は頬を上げてにんまりと微笑んだ。
「そうだよね♪ 水槽台の中は、外部フィルターやエアポンプ、さらにはメンテナンス器具でごちゃごちゃになりやすいんだ! それをこんな綺麗な扉で隠せるだなんて、なかなかイケてる水槽台でしょ?」
「わたしも、そう思います!」
「でもね、これはこれで欠点があるんだなぁ~。試しにちょっと持ち上げてごらん?」
言われるがままに、天板の両端を左右の手で掴み引っ張り上げてみるのだが……
「ぬぬぬ……なかなかの重さですねっ!?」
軽く引っ張っただけでは持ち上がらず、結局ぐっと両腕に力を入れると、ぐわんと持ち上がった。もしこれを移動させるなら、太ももや腰の力も利用しなければ難しいだろう。
そっと、傷つけぬよう元の場所に戻すと、お師匠様はにっこりとご満悦。
「重いでしょう~? 60cm規格水槽用でだいたい15kgぐらいかな。スチール製で5kgぐらいだから、おおよそ3倍ぐらい違うんだ。だから、ボクも引っ越しの時はすっごく大変だったんだ~」
「えぇ!? お師匠様のって90cm規格ですよね? それを一人で!?」
「まさか! ママと二人で20kgをさ! すっごく大変だったんだから、もう!」
服だけ持ってきて、ほとんどは大学周辺で揃えたと聞いていたが、まさかそんなことをしていたなんて……恐るべし水槽狂い。
「でももっと大変なのが組み立てさ! 天板や骨組みになる柱も結構重くてね、悪戦苦闘しながら組み立てたら、ボク翌日筋肉痛になっちゃったよ?」
「えぇ!? あれ自分で組み立てるんですね?」
「そういうことさ。実家で組み立てて、大学入学と一緒にこっちに持ってきたのさ」
彼女は髪の毛を再びかき上げ、ふぅとため息をついた。
「とにかく、木製だから漏水注意には十分注意してね。天板の上にレジャーシートやテーブルクロスを掛けるといいよ。あと、実はそれ以外にも問題があってね……」
「実は騒音に悩まされることもあるんだ!」
「えぇ? こっちもですか?」
愕然としているわたしを見て、彼女はにやりと笑った。
「特に、さっきも話題に出た扉が問題でね。扉を締めれば中は隠せるが、器具によっては音がこもり、それが大きな騒音になることもあるんだ」
「うーん……水槽台って一筋縄ではいかないんですね!」
「そうだねぇ。ボクとしては、スチール製の水槽台をお勧めするよ! 重いのは、木製は社会人になって住む場所が決まってからでいいんじゃないかな? お金があれば引っ越し業者さんも呼べるしね!」
![]() |
| ・キャビネットの中はごちゃごちゃになりがち |
公共交通機関で持ち帰るなら?
結局その日、水槽台を買った。
鉄製で天板のあるタイプだ。
重さは5kg。
しかし、これで正解だった。
電車での移動ならまだしも、駅から徒歩で15分かかる距離を、平たい重量物を手で持って運ぶのは骨が折れた。もし15kgの木製だったらと思うと、今でもぞっとする。
木製の水槽台は、通販で購入し、引っ越し時は業者にお願いするのがいいのかもしれない。
さて、次は何を買おう?
水槽は簡単なようで奥が深い。
となれば、フィルターかライトか?
まだまだお師匠様に相談することがありそうだ。
まとめ
水槽台にはいくつかの種類があり、それぞれに特徴があります。まずおすすめなのはスチール製の水槽台。何といっても安価で、5,000円を切るものもあるのが魅力です。軽量で持ち運びや組み立ても簡単なので、一人暮らしや模様替えをする方にも向いています。ただし、安さゆえに天板が付いていないタイプもあるため、水槽を安定させるためには別途天板が必要になる場合があります。また、金属製はポンプの音が響きやすく、静かな環境を求める方には少し注意が必要です。
一方で、木製の水槽台はスチール製に比べると価格は高めですが、見た目が温かく部屋になじみやすいのが魅力です。重さがあるため安定感も抜群で、騒音が気になる方にも安心です。デザインも豊富で、シックにまとめたい方や、部屋の雰囲気に合わせて選ぶことができます。
選ぶときには、値段、見た目、耐久性、設置する水槽の大きさや重さ、そして設置場所での静音性などを総合的に考えることが大切です。スチール製は手軽さとコストパフォーマンス、木製は安定感とデザイン性。どちらが自分に合うかをイメージしながら選ぶと、長く快適に水槽ライフを楽しむことができます。



0 件のコメント:
コメントを投稿