Oリング付け忘れ事件
水槽まわりの掃除やメンテナンスって、つい「慣れてるから大丈夫」と思いがちですよね。でも、そんな時こそ小さな落とし穴が潜んでいます。特に外部フィルターのOリング、このたったひとつのパーツの付け忘れが、静かな部屋を一瞬で“水害現場”に変えてしまうこともあるんです。
今回は、そんな事件をストーリーでやさしく紹介したいと思います。
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これは2000年代とフィクションが織りなす、不思議な世界の物語。
新しいろ材を購入したのは、もう一週間以上も前のことだ。
小さな白い紙箱に入った新品のセラミックは、棚の上でマダカマダカとじっと待っている。だが、なかなかフィルターにセットできずにいた。
タイミングが合わないのだ。
わたしの水槽のお師匠様ことロゼッタは、最近実習で忙しくキャンパスに不在なことも多く、わたしも学生実験でばかりで研究棟から出れずにいる。
そして、冬休みが近くなると、どちらもスケジュールに余裕が出始め、いよいよということになった。
この作業は一人でもできないわけじゃない。だが、アクア経験豊富な彼女と一緒にセットしたほうが失敗もなく、何より安心感が違う。だから、どうしても予定を合わせたかった。
Oリングの役割を身をもって知る
二人の関係
そんなある日の夕方、部屋で水槽を眺めていると――
ピンポーン。
玄関のチャイムが鳴る。
慌てて立ち上がり、スリッパを鳴らしながら玄関を開けると、そこにはロゼッタが立っていた。
たまたま居合わせた母親が「あら」と小さく声を上げると、彼女は軽く会釈を返すと、まっすぐわたしの部屋へ向かった。
今日の彼女は、またフィールドワーク帰りらしい。
アウターこそダッフルコートを着ているが、裾からは淡いグリーンの作業着が見え隠れしており、纏う香りも微かに焚火臭い。
一方のわたしはといえば、一日中顕微鏡を覗き込んではスケッチばかりしたせいで目の下にくっきりとクマができている。こんな生物系の二人が6畳の密室で顔を合わせても、することと言えば水槽の話ばかり。
親も本当なら、互いに色々と言いたいことはあるはずだろうし、もしかしたら壁の向こう側で聞き耳を立てているかもしれない。
だが、わたしたちの奇妙な関係を察し、あえて口にしないのだろう。
現に、わたしたち自身も、こんなところで二人で居ても、何も起きないと思い込んでいるのかもしれない。
とにかく、もし起きるのなら……、
水槽のトラブルぐらいなものである。
漏水事件発生!!
「ぬ゛ははハッ……」
低い奇声が響く。
フィルターのコンセントを抜き、パワーヘッドに手を掛けると、目を見開き、口元で押さえきれずに喉の奥から不気味な笑い声を漏らした。
ろ材はすでに洗浄済みで、あとはパワーヘッドを開いてコンテナを取り出すだけ。
それすら、楽しく感じているのだろう。
重症患者である。
だが、それはわたしも同じこと。
いわば、今の彼女の姿は、外から見たわたし自身なのだ。
最近つくづく思うようになったことがある。
アクアリウムという趣味は、どっぷりとハマると少し危険な界隈だということを。
魚の健康、水質の安定、器具のメンテナンス……気づけば休日どころか生活の隅々にまで、水槽が食い込んできている。
「うふふふ♪ この機種は、何度触れてもなかなか興味深い構造だね!」
お師匠はパワーヘッドをなでながら感嘆の声を漏らすと、その小さく白い手でレジャーシートの上にコンテナを置いた。
そこで選手交代。
わたしはコンテナの上段のカバーを外し、ウールと青スポンジを取り出して、新しいセラミックろ材をセットする。
そして、次にOリングにワセリンを薄く塗り、元に戻してタップを捻る。これで準備完了。
しゃがみ込んでコードを引き寄せ、プラグを手に取ろうとした、その瞬間――
「んふぁああぁぁぁぁ!?」
女性の悲鳴だ!?
慌てて立ち上がり後ろを見る。
そこには予想外の光景があった。
ダパーーーーー。
外部フィルターから水が容赦なく流れ出し、大きな水溜まりが、今まさにベッドの下にまで入り込もうとしているではないか!?
「えぇっ、どうしてだ!?」
叫びながら、咄嗟に周囲を見渡すのだが、原因はわかららずじまい。
とにかく水を止めなくてはならない。
再びしゃがんで、間髪入れず右手で右側のタップを手に取ると、お師匠は急き立てるように声を張った。
「そっちじゃないよ!?」
――あぁそうか!
今度は、左のタップに左手でガバリと伸ばそうとした瞬間、不思議なことに、漏水はぴたりと止まった。
「ふぅ!! 危なかったね!」
お師匠が頭上から、息を一気に吐き出して安堵の声を漏らした。
どうやら、機転を利かせて、吸水パイプを抜いてくれたらしい。
彼女は黙々と合成セーム革で手を拭きながら、小さく息を整えていた。
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・ダパー!! あなたはどうする!? |
ちょっとのミスが……
「あはは! ボクがいて良かったね!」
口角を上げため息混じりに笑うと、彼女は額の汗を袖で拭った。
仕草を見れば、相当焦っていたことが、わたしにもわかる。
「助かりました……。パワーヘッドからこんなに水が漏れるなんて、知りませんでした」
ほっと胸をなでおろし、深くうなずきながら謝意を述べると、彼女は指先で水滴を払い落とした。
「そうでしょう? この趣味は一事が万事な時もあるからね、くれぐれとも注意してくれたまえ♪」
――未解決の疑問がある。
「……それにしても、原因は一体なんでしょうか?」
すると、目を輝かせて即答した。
「間違いなくOリングだね!!」
だが、外部フィルターを購入してからまだ数か月しか経っていない。それに――
「あれから、外部フィルターの掃除をするたびに、ワセリンを塗っています。劣化するはずがありません!」
「うーん、それは確かにおかしいね」
わたしの答えを受けてお師匠様も不思議に思ったのか、宙を見つめて黙り込んでしまったが、しばらく、ある一点を凝視したのち、はっと声を漏らし眼光の奥を光らせると、にんまりと笑ってみせた。
「まぁまぁ、とりあえずパワーヘッドを見てみようじゃないか♪」
いつも以上に優しい声色で、わたしは目を瞬かせて首をかしげる。
「はい……?」
だが、それがどんな意味なのかすぐにわかった。
パワーヘッドを外そうと手をかけるのだが、どうにも手応えがないのだ。
「あれ?」
――スカッ!
と、聞いたことがない音で外れるパワーヘッド。
不思議に思って側面を見ると、そこにあるはずの赤いOリングが……ない。
「たぶん、そこに置いてあるのじゃないかな?」
と声を上げたお師匠の指先には、Oリングがテーブルの隅に転がっていた。
――うあぁ!
ワセリンを塗った際、チューブの蓋が床へと転がっていった
それを探すのに躍起になって、Oリングをここに置きっぱなしにしてしまったのだ!!
「はぁぁ……やってしまいました……」
「まぁ、そんなときもあるさ!」
頭を抱えてへたり込むことぐらいしか、その時のわたしには出来ないのであった。
水槽の平和を守る者として
アクアリウムは、ちょっとした忘れが大事になる趣味だ。
フィルターのOリングばかりではない。
ヒーターのスイッチ、フィルターの電源、逆止弁――そのひとつが欠けただけで、生き物たちの命に関わることになる。
わたしは水槽のメンテナンスをしたら、必ずコンセントやフィルターを目視でチェックするようにしている。
だが、あの時のわたしは、Oリングにまったく気が付くことが出来なかった。
もし、同じように器具の電源を入れ忘れたのなら……、もしお師匠がいなかったら、想像するだけでも絶句に値する。
今日もゆらゆらと尾ひれを振るプレコたちは、何も知らずに穏やかな世界で過ごしている。
その平和を守るのは、自分しかいないのに、一体全体何をやっているだ!
と強く自責する一日となったのは言うまでもない。
まとめ
Oリングは、小さなゴムの輪のような見た目ですが、外部フィルターにとってはまさに“命綱”の存在です。これが正しく装着されていないと、水漏れが発生し、床が水浸しになるだけでなく、水位の低下によって魚たちにも大きなストレスを与えてしまいます。
特に注意したいのが、「つい後回し」や「うっかり置き忘れ」です。ワセリンを塗って潤滑性を保つ作業は多くの方が実践していますが、その途中でリングを外して別の場所に置いてしまうと……そのまま戻し忘れる危険があります。
もし戻し忘れた状態で、サイフォンの効いた吸水ホースのタップを開けば、あっという間に漏水事故に見舞われることになります。
だからこそ、メンテナンス時には「外したらすぐ戻す」「タップを開く前によく確認する」という、小さな習慣が大きな安心につながります。
アクアリウムは魚や水草の美しさだけでなく、こうした小さな部品たちが支える世界でもあります。Oリングを侮らず、しっかりメンテして、水槽の平和を守っていきたいですね。
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