2025年9月17日水曜日

30cmキューブハイタイプに恋をして思い知ったアクアリウムの怖さ

増えに増える水槽たち。どこがやめ時なのか

その水槽を増やしたい気持ち、ちょっと待ってください。

一度アクアリウムの世界に触れると、雑誌やショップで見た美しい水景が心に残り、つい「自分の部屋でも再現したい」と思ってしまうものです。
しかし、その衝動を実行に移すとなれば、責任を伴う覚悟が必要です。
今回は、そんなお話をストーリーとして紹介したいと思います。


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これは2000年代とフィクションが織りなす不思議な世界の物語。

気になっている水槽がある。
30cmキューブのハイタイプだ。

最近買い始めたアクア雑誌に、その水槽の広告が掲載されていた。
煌めく光が数本のラインとなって深い水底へ注ぎ込み、水草を照らす写真。

一目惚れしてしまったようで、何度もページを開いては広告の水景に食い入るように見てしまう。

たしかに規格水槽は美しい。
では、なぜこの水槽にここまで惹かれるのだろう。
気が付いたのは水深だ。

不自然な形から生まれる強いアピールと、高低差による遠近感が、淡水の風景をそのままカット&ペーストしたかのような説得力を持っている。

水量は45cm規格水槽とほとんど変わらないし、形状もその水槽を縦にしただけだ。

だから、これは魔法。
そう、わたしは魔法に掛かってしまったのだ。



水槽が増えれば、満たしたくなるのがアクアリストというもの


30cmキューブハイタイプとの出会い

飼育したい魚がいる。
栽培したい水草がある。

なるほど、これこそ新しい水槽を購入するにはもっともな理由だ。
だが、わたしには何も決まっていない。
分かっていることがあるとすれば、30cmキューブハイタイプ水槽にすっかり魅了されてしまったことぐらいだ。

こんなナンセンスな話があるだろうか。
だが、見れば見るほどに、この水槽で水景を作れば、さぞかし美しいものができるだろうと、無自覚な期待が膨らんでいく。

ついに、一晩の夢にまで出るようになったところで、わたしは逆らうのを諦めた。
20Lにいる子をこの水槽に移すという、うまい口実を見つけたからだ。

それでも、せめてお師匠様には相談しておこう。

10年のブランクを経て、
ブログを始める直前まで利用していた。


水槽を増やす覚悟

――ひゅるるる!

突き抜けるような北風が、キャンパスの高層ビルの谷間を唸りを上げて吹き抜けていく。
農業地帯に広がる平らな大地を駆け抜けてきた風は、突如として現れる数十階建てのビルに激突し、酷いビル風となる。

その諸悪の根源が、今日のわたしたちの集合場所だ。

半地下へと続く階段の脇では、段々に並んだ噴水が強風にあおられ、水飛沫を四方にまき散らしている。
砂混じりの雫が頬に触れるたび、冬の冷気が骨の芯まで染み込むようで、わたしは肩をすくめて身震いした。

たまらず階段を駆け降り、ロビーへ滑り込んだ瞬間――

「やぁっ! 待ってたよ!」

ぱっと空気が明るくなるような声が響いた。
そこに立っていたのは、古びたダッフルコートに作業着姿のロゼッタ。わたしの水槽のお師匠様だ。
寒空の下でもフィールドワークをしてきたのだろう、ズボンの裾には乾いた泥がついている。

彼女は軽くそれをはたきながら、ロビーのベンチに腰を下ろした。
わたしも隣に座り、新しい水槽について話すと、彼女は声を弾ませて笑った。

水槽が好きになった? あっははは! あるある、そういうことはよくあるんだよ!
「そんなこと……あるんですね。じゃあ、流されるまま新しい水槽を買っても、いいんですよね?」

だが、肯定しつつも、彼女はわざとらしく首を傾げて、挑むような瞳を向けてきた。

「じゃあ、逆に聞くけど。もし欲しい生体がいて、水槽を増やさないと飼えないとなったら、どう考える?」
「それは……」

言葉が続かない。
むしろ、問いかけに、なぜか胸がきゅっと詰まる。

――本来なら最初に考えるべきなのは、水槽に宿る命のこと。

だが、わたしはどうだろう。
気づけば新しいガラスの箱のことばかりを考えている。魅力に屈し、そのあと永遠に続く責任を後回しにしているのだ。

ロゼッタはその迷いを見透かしているようだった。

「まぁ、答えに詰まるよね? 新しい子の面倒を見きれるのか、メンテナンスはどうなるのか。考えることは山ほどある。でもさ、今のキミみたいに水槽『だけ』欲しいっていうのは、ちょっと問題があると思うんだ」
「……すいません。言われるまでフィルターを買い替えるような、そんな軽い気持ちで考えていました」

しばらく沈黙のあと、わたしが小さく答えると、彼女はくすりと笑い、肩をすくめた。

「つまり、金銭的な覚悟しかしてなかったってことだよね? でもね、水槽を置くなら、絶対に生き物が入るものなんだ。とかくボクたちはそういう人種なんだから!
「でも、中に入れるのは20L水槽にいるカージナルテトラとアヌビアス・コーヒーフォリアだけなんですよ!?」

と、体裁の良い言い訳を口にしたのが良くなかったのだろう。
珍しく手を震えさせ、わたしを叱りつけた。

でも、キミは絶対に空になった20L水槽に、生体を入れたくなるはずさ!

図星を突かれた。
……あぁ、そうなのかもしれない。

知らず知らずのうちに、わたしは無責任なことに足を突っ込みかけていたのかもしれない。
だから、お師匠様は止めるのだ。

「そうですね……考えが浅はかでした。ごめんなさい」

気が付けば、彼女に深々と頭を下げていた。

・今は亡き面々が映っている。


どこかで、手を止めるということ

「それで、空になった20L水槽の話は置いといて……だ」

お師匠様は、ふぅとため息をつくと、白い天井を見上げた。

「もし、30cmキューブのハイタイプに水草とカージナルテトラを移したら、水景はどうなると思う?」
「え? うーん、おそらくですが……ちょっと広すぎるかなぁ。きっと水槽がスカスカになると思います」

唐突に切り出されたものだから、わたしは口ごもりながら正直に答えると、彼女はわざとらしく目を細めた。

「そうでしょう? となれば……だ。さっきも似たようなことを言ったけど、キミは空いたスペースに生体を入れたくなると思うんだ」

遠回しの問い詰めに、心臓が跳ねて汗が止まらない。
あぁ、そうだ。わかっていた。わかっていたはずなのだ。

空間ができれば埋めたくなる。今思い返せば、カージナルテトラのときがそうだった。

次は、小型魚かもしれないし、底ものかもしれない。
今は発酵式CO2添加も水草育成用ライトもそろっている。ならば、自然と水草を追加する未来の自分が見える。

抑えようのない自分がいるのだ。
そのことを彼女は察していたようで、ここでピシャリと指摘した。

このままでは、きっと五月雨式にキミの水槽が増えていくと思うんだよね? 本当にそれでいいのかい?
「それは……」

かき上げた黒髪の下の眼光は鋭く光り、思わず息をのんだ。

「新しい水槽の空いたスペースはどうするの? 空になった水槽はどうするの? この先、自制心がなければとんでもないことになるよ?」

――“とんでもないこと”。
しかし、考えればたしかにそうだ。
無限に水槽を増やせば、いずれ世話を見きれなくなる。
途端に全ての水槽は破綻を迎えるだろう。
分かり切ったことじゃないか。

そうなれば、愛らしい姿を見せてくれるプレコとも、お別れしなくてはならない。
アヌビアス・コーヒーフォリアだって捨てなくてはならない。
考えが行き着いたとき、背筋を冷たいものが這い上がってきた。

これ以上増やすことの怖さを、どこかでわかっていたはずだ。
だが、他人に止めてもらうまで、見て見ぬふりをしていた。

ぼんやりと頭の片隅にあった暗い未来が、明瞭なイメージを持ち、強く心臓を締めつけてくるではないか。

じっとりと手に汗をかいて考えを巡らせていると、お師匠様がわたしに引導を渡した。

そろそろ、水槽を増やすのを止めるべきだと思わないかい?
「……その通りですね」

わたしは俯き加減に大きく首を縦に振った。

「それにキミは、プレコのために60cm規格水槽を買うことをもう決めているんだろう? 一人の人間が面倒を見きれる水槽の数なんて、せいぜい2~3つまでさ。やめろとは言わないよ? でも、これで最後にするべきだと思うんだ」

彼女はうっすらと笑みを浮かべているが、その目は父の厳しさと母のような優しさが入り混じり、わたしに逃げ場を与えない。

「……はい。これを最後にします」

冷たい空気を胸いっぱいに吸い込み、小さな声で答えるのが精一杯だった。



だが、気が付けば4本

20Lの水草たちを移した30cmキューブのハイタイプは、深い水深をたたえ、まるで清流を切り取ったような存在感を放っていた。
静かな部屋の中で、濾過機の低い音と気泡のはじける音だけが響いている。

「……やっぱり、いいな」

思わず声に出しにやける。胸の奥に広がるのは、罪悪感と、それを上回る高揚感。

この先どうするのか、自分でもわかっている。
ここまで来たのなら、もう一歩足を踏み込んで、陽性植物に挑戦してみたい。光を強く浴び、鮮やかに気泡をつけるあの景色を――。

最後の水槽なのだから、精一杯チャレンジしたい。
そう心に決めたのだ。

……のだが。

それから数年後。

気づけば事態は悪化していた。
60cm規格の水槽には悠然と泳ぐプレコ、45cmの水槽には鋭い目を光らせるポリプ。
そして新しい30cmキューブには水草が揺れ、20Lの小さな水槽ではブルーテトラが群れを成している。

――四本の水槽

歴代の水槽をすべて駆使し、あまたの生体を維持している。
その影響は色濃く、休日になれば水換えに掃除に肥料の添加。気づけば朝から夕方まで、持ち時間のすべてが水槽に支配されていた。

きっとこうなることを見越して、あのとき止めてくれたのだろう。
後悔先に立たずとはこのことだ。



まとめ

新しい水槽をもう一本置きたい――そう思ったことはありませんか?
一度アクアリウムを始めると、次の水槽の広告や展示に心を奪われ、「この景色を自分の部屋で再現したい」と夢が膨らむ瞬間があります。けれど、水槽を増やすというのは単なる衝動買いではなく、大きな決断でもあるのです。

水槽が増えれば、当然ながら管理の手間も増えます。
水換えや掃除の時間、機材の費用、そして電気代。最初は「一本くらいなら大丈夫」と思っても、気がつけば二本、三本と増えていき、休日のほとんどを水槽の世話に費やしてしまうことも珍しくありません。

だからこそ大切なのは、ただ「欲しい」だけでなく「続けられるか」を考えることです。新しい魚や水草を迎えたい気持ちは素晴らしいものですが、それを維持する覚悟がなければ、せっかくの楽しみが負担に変わってしまいます。
逆に言えば、その覚悟ができたとき、水槽を増やすことはあなたの世界を大きく広げてくれるでしょう。

水槽を増やす理由に正解はありません。新しい魚のためでも、水草レイアウトへの挑戦でも、あるいは単純にガラスの箱そのものに魅了されたからでもいいのです。
大切なのは「自分がきちんと楽しみ続けられるか」という視点。覚悟とは堅苦しいものではなく、趣味を大切に続けるための前向きな約束です。

水槽をもう一本増やそうか迷っているなら、先々のことまでじっくり考えてからにするのがよいかもしれません。



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