脱窒はともかく、そのオールマイティー性は抜群
「シポラックス」という名前を聞いたことはありますか?
一部では“脱窒ができる”とも言われている、ちょっと話題のろ材です。実際のところは議論もありますが、その多孔質な構造と大きめのリング形状のおかげで、生物ろ過にも物理ろ過にも使える万能タイプとして人気があります。
今回は、そんなセラ社のシポラックスについて、ストーリーでレビューをお届けします。
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これは2000年代とフィクションが織りなす不思議な世界の物語。
寝付けぬ夜、薄暗い部屋にはPCの青白い光だけが滲んでいた。
熱帯夜。冷却ファンの爆音が枕元を満たすなか、わたしはいつまでたっても眠れないでいた。仕方がないので、さっき落としたばかりの電源を入れ直し、ネットの情報を漁ることにしたのだ。
睡魔と物欲が交錯し、苛立ちながら次々とページを飛び回っていると、ふとした言葉にわたしは思わず眉をひそめる。
「脱窒ができるかもしれないろ材」
――んなバカな!
夢のろ材の現実での使い心地
脱窒という夢
だが、マウスを動かす手は止められない。
事実を拡大解釈した虚構が入り混じるこの界隈、今まで幾度もキャッチコピーに心を奪われ、箱の中身で現実を思い知らされてきた。だが、それでもその言葉の響きがどうにも脳裏にちらつく。わたしのアクアリウム魂をくすぐってくるのだ。
検索を重ねるうち、“セラ”という会社の“シポラックス”というろ材に辿り着いた。なんでも、宇宙空間でのメダカの産卵実験にまで使われたらしい。
まるで都市伝説のような話だ。
……でも、ここまで調べてしまうと、ますますシポラックスが気になって仕方がない。
そうなると、答えをくれるのは、あの人しかいない。
そう、お師匠様ことロゼッタに相談だ。
ペンスタンドから一本取り出し、傍らに落ちていた講義のプリントに、殴るように名前を書き留める。
そのろ材との出会いは、むせかえるような湿度と爆音に満ちた夜の出来事だった。
守備範囲広し!
真夏の夕方。サークル棟の周囲は、ヒグラシの鳴き声に満たされていた。
大都会のベッドタウンに、これほど自然の音が響く場所があるとは思わなかった。
この大学は少し特別だ。園芸、環境保護、動物、微生物といったあらゆる生物系がそろっており、そのための実習用に大きな庭園が設けられている。
といっても、いわゆる整えられた庭ではない。木々は手つかずで生い茂り、草は野生のように伸び放題。そこにある植物はもちろん、鳥や昆虫、時には四足歩行の哺乳類まで住みついており、それらすべてが教育の題材になっている。
……そんなキャパスに集まる面々といえば、生物オタクばかり。
わたしも、お師匠もその一人だ。
その庭を駆け抜けた風が、バルコニーに吹き抜けると、緑の匂いがほんのりと漂う。4限終わりのベンチで一人、缶コーヒーを片手にぼんやりしていると、黒髪をなびかせてロゼッタが歩み寄ってきた。
夕日に照らされた白い肌が赤みを帯び、切れ長の瞳がわたしを見るなり、いつものように軽くウィンクをしてくる。だからといって、特別な意味はない。
今日も道楽の話をする、ただの合図である。
「さて、今日はシポラックスの話だね?」
「そうなんです。脱窒ができるって……」
「まぁ、それが機能するかどうかは定かではないよ?」
「……ですよね?」
いきなりだが、肩の力が抜けた。
深夜のあの高揚感はいったい何だったのだろう。思わず笑ってしまう。だが、アクアリウム界隈はいつだってこうだし、もう慣れっこだ。
そして、お師匠はにこやかに続けた。
「その話は、ボクが知る限り二十年前から言われているんだ」
「え!? じゃあ、けっこう信憑性のある話なんですね?」
彼女は首を振る。
「とても実感できるものではないけどね? 事実としてはそうなんじゃないかな?」
「実感? ということは、もしかしてお師匠様は使ったことがあるんですか?」
「もちろんだとも。脱窒ができるかどうかはいつも議論になるけど、それは別として、生物ろ過と物理ろ過の両方に使える便利なろ材なんだ♪」
その言葉に、胸が少し高鳴った。
「つまりだね、ろ材そのものはガラス製の多孔質構造でできている。これは生物ろ過に向いているし、その形状は直径数センチのリング状だから……」
「目が粗く、通水性がいいから物理ろ過にも向いている、というわけですね?」
「その通り!」
「なるほど。それに、生物ろ材と物理ろ材、両方の特徴をあわせ持つろ材って、ずいぶん珍しい気がします」
ロゼッタは嬉しそうに頷いた。
「でしょう? エーハイムのメックもセラミック製ではあるけど、多孔質じゃないからね。シポラックスみたいに両方こなせるのはちょっと珍しいかな」
「でも、気になるところもあります。さっき“ガラスろ材”って言ってましたよね? それって安っぽいイメージですけど?」
「あはは! でも値段はセラミック並みだよ」
「そんなに高いんですか?」
彼女は何も言わず、にんまりと笑った。
その笑みがすべてを語っていた。
「もっとも、値段と性能が比例していないのが、この趣味の世界だからね。値段で全てをはからないようにね?」
どこで何をさせるのか?
沈む夕日が、庭園の池に赤い筋を落としていた。
空気は湿り気を帯び、セミの声がいっそう近くに響く。
「それで、値段や脱窒、特徴とかはともかくとして──実際に使ってみた感想はどうだったんですか?」
「うーん、ものは悪くないんだけど、現実的に“どこで使うか”が難しいんだよね」
わたしは首を傾げた。
「どこでって……?」
「生物ろ過に向いてるけど、物理ろ材のようにサイズが大きい。だから、フィルターのどの層に入れるか、いつも悩むんだ」
「フィルターケースの吸水側か、排水側かってことですか?」
「そう、それ。排水側、つまりパワーヘッド付近に入れれば詰まりにくくなるけど、生物ろ過としては中途半端になる。明らかにね」
「……やっぱりリングろ材は、積み重ねた時の目がちょっと粗すぎますし、いくら多孔質で表面積を確保してあるといっても、中空ですもんね」
「そうそう。空間があるぶん、詰め込めないから、嫌う人もいると思うよ」
すっかり姿を見せた月に目をやりながら、お師匠はふうと息を吐き、噛みしめるように語り続けた。
「それに、生物ろ材って他にもいろんな種類があるでしょ? メーカーも多いし、群雄割拠なんだ」
「なるほどぉ」
「でもさ、生物ろ材って、実のところ効能があやふやじゃない? だから、“これだけが良い”って言い切れる特徴がないとね」
――それが、もしかしたら脱窒なのかもしれない。けれど、彼女が開口一番で否定したところを見ると、体感的にはそれを当てにできないらしい。
「であるなら、吸水側に置いて、物理ろ材として使うのはどうでしょう?」
「そうだよね? ボクとしても、その方がお勧めかな。生物ろ過もできる“物理ろ過”としてね」
「でも、もしプレコ水槽で使ったら、木くずでせっかくの多孔質が詰まっちゃいそうですね?」
わたしの疑問に、お師匠は小さく笑った。
「まぁ、そんなことが起こるのはプレコ飼育くらいだからさ。それを踏まえても、生物ろ過もできる物理ろ過としては、かなり優秀だと思うよ。だって、プラスチックろ材はもちろん、エーハイムメックだって多孔質じゃないんだから」
彼女の横顔に、夕日がわずかに差した。
「なんとなく分かってきました。オールマイティーだけど、だからこそ使いどころが難しいろ材なんですね」
「あはは、そういうこと。それで悩むのが、アクアリウムの楽しみ方でもあるんだけどね」
風が一度、二人のあいだを通り抜けた。
ヒグラシの声が遠くで続く中、ロゼッタの瞳が夕日に照らされ、金色に光っていた。
オールマイティーだからこそ
「結局、なんでもできるろ材なんだから、好きなように使うのが正解かもしれませんね?」
「そうだとも。“専用”という言葉に慣れすぎた現代人には、自由すぎる道具は扱いづらいのかもしれない」
その言葉に、わたしは小さく頷いた。
なるほど――なんでもできることが、かえって迷いを生むのだ。
しばらく考えた末、わたしは決めた。
2213の一番下に、シポラックスを入れてみよう。
木くずが多少詰まるかもしれない。
けれど、上段のサブストラットが詰まりにくくなるのなら、それでいい。
こうして、プレコ水槽のメインフィルターのろ過槽に、新しい試みが一つ加わることになった。
これにより、わが家のプレコ水槽のフィルターはより盤石なものとなり、詰まり知らずの安定した循環を生むことになる――。
その結果については、また別の機会に詳しく書きたいと思う。
まとめ
ろ材と聞くと、「どれが一番いいの?」と迷ってしまう方も多いのではないでしょうか。そんな中で、ちょっと気になる存在が「シポラックス」という名前のろ材です。見た目はただの白いリング状の塊。でも、実はこの小さなリングの中に、さまざまな秘密が詰まっているんです。
まず、シポラックスの特徴は“多孔質”という構造。つまり、目に見えないほどの小さな穴が無数に空いていて、水の流れの中でバクテリアが棲みつくための理想的な環境を作ります。生物ろ過としてとても優秀で、水をきれいに保ってくれる頼もしい存在です。
さらに、このリングはガラス製。ガラスと聞くと安っぽい印象を持つかもしれませんが、実はその素材のおかげで通水性がよく、詰まりにくいという利点もあります。つまり、「生物ろ過」と「物理ろ過」のどちらにも使える万能タイプなんです。
ただし、“なんでもできる”というのは、裏を返せば“どこに使うか悩む”ということ。外部フィルターのどの層に入れるのが正解か――排水側か、吸水側か。それは使う人の目的や飼育環境によって変わります。だからこそ、使い方を試行錯誤するのも、このろ材の楽しさのひとつと言えるでしょう。
高価なセラミック製ろ材にも負けない性能を持ちながら、自由度が高く、アクアリストの工夫次第でさまざまな使い方ができる。それこそがシポラックスの魅力です。

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