水飛沫に困ったときに!!
あれ? うちのライトって、こんなに緑色だったかな?
ふと気づくと、ガラス蓋の裏に緑苔がべっとりと広がっていること、ありませんか? ほんのわずかな水しぶきが、知らないうちに苔や汚れを生んでしまうこともあります。エアレーションが原因なのはすぐに分かるけれど、それをどう解決するかとなると少し悩みどころです。
今回は、そんな困った現象をすっきり解消してくれる、ちょっとニッチなアイテムをご紹介します。
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これは2000年代とフィクションが織りなす不思議な世界の物語。
水槽の中が、なんだかおかしい。
いつもならガラス越しに見える景色は黄金色に輝いているはずなのだが……今日は妙に色が沈んでいる。わたしは顔を近づけ、原因と思われるガラス蓋を指でそっとなぞった。
ぬるんとした感触。
「まるで海苔、だ……」
絵の具を叩きつけたパレットのように、べっとりとエメラルドグリーンが広がっている。光がその色に染まると、流木の黄色と混じり、全体が沈んでしまっているのだ。
バブルストッパーというニッチなアイテム
緑の幕の向こう
水流の音が小さく響く。
フィルターの吐出口からこぼれる水音、ふつふつと弾けるエアレーション、光でゆらめく水面……本来なら全てが輝いているはずなのだ。しかし今は苔に遮られ、どんよりとした空間が広がっている。
幸いにも水質に影響はなく、プレコたちは平常運転。じっとしているものもあれば、吸い付くようにガラスに貼り付き、せっせと苔を食んでいるものもいる。
だが、訪れた珍妙な事態に、わたしは思わずため息をついた。
原因は分かっている。エアレーションだ。泡が弾けるときにガラス蓋を濡らすので、そこで苔を生み出しているのだ。
しかし、だからといってエアレーションを止めるわけにはいかない。
「お師匠様に相談したほうがいいかな……」
お師匠様というのは、わたしの学友ロゼッタのことで、熱帯魚のいろはについていつも熱心に教えてくれる。その彼女なら、こういうときの対処法をすぐに思いつくに違いない。
早速いつものようにメールをすると、すぐさまアクアショップ巡りに誘われるのだった。
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| ・こんな水槽を見た!(イメージ) |
モールの後ろにある楽園
今日はいつもと違う店に向かっている。
シルバーに赤いラインの入った電車から降り、駐車場に吸い込まれる車列を横目に見ながら、わたしたちは大通りを歩き続けている。
振り返ると、大きなモールへと向かう道には、ゆらゆらと陽炎が踊っている。昼下がりの真夏の陽射しが黒いアスファルトに降り注ぎ、煤煙と混じって鉄板の上のようになっているのだ。
そんな日本の大動脈にじりじりと焼かれながら歩き続けると、ひときわ大きな看板が歩道橋の脇に現れた。
なるほど、たしかにこれなら国道を急ぎ足で走る車からも目につくだろう。
その下にあるのは平屋建ての倉庫のような建物。チープな外壁は明らかに郊外型店舗を思わせたが、お師匠様はキラキラした目でわたしを見て、大きく頷いた。
「中はとにかくすごいから!」
やっとの思いで自動ドアの前に立ち、ポスターにまみれた扉が開くと、別世界が目に飛び込んできた。
水槽がずらりと並び、青と緑の光が壁を染めている。水の音とエアレーションの泡がつくり出すリズムは心地良さを超え、やすらぎすら覚えるほどだ。
「さぁ、ゆっくり見ていこう♪」
声に振り向くと、ロゼッタが白いシャツの袖をまくり、カゴを手にしている。薄暗い店内、効いた空調、湿った空気、そして明暗になじむ彼女の黒髪。
わたしは、生まれて初めての光景に思わず息をのんだ。
「お師匠様……やっぱり、ここすごいですね!」
「ふふ、そうでしょ? この店、プレコの種類がすごく多いんだ」
水槽の中には、プレコにアロワナ、レッドテールにポリプ。まるで大型魚の博覧会のようだ。
それに、少し離れた水槽にはサンゴと海水魚たち。ディスカスの鮮やかなブルーの鱗が蛍光灯の光を反射し、シームレスなグラデーションを生み出している。
「水槽マニアの天国ですね……!」
「そう言えるかもね。でもね、ここ、実は水草でも有名なんだよ」
「えっ、水草?」
「ま、それはおいおい話そう。でも、ほら、そこを見てみなよ?」
ロゼッタは微笑みながら、奥のガラス水槽を指した。
見たことがないサイズの大型水槽だ。ロイヤルプレコがぎゅうぎゅうに詰まっており、苔をかじる音がはっきりと聞こえる。
「わぁ……。これだけいるのに、苔が一つもないや」
「あはは、そうだね。そもそもプレコは水を汚しやすい魚なんだけどね。苔は彼らの好物でもある。見た目以上に水槽がきれいに見えることもあるんだ」
「前々から思っていたのですけど、プレコって魚種はマッチポンプですよね?」
「そう捉えることもできるね。ほら、後ろを見てごらん?」
彼女の言葉に、わたしは後ろの水槽を見た。ポリプテルスの水槽は水こそ澄んでいたが、手の入りづらいオーバーフローのパイプ周りにはべっとりと茶ゴケがついていた。
「……違いがよくわかりますね」
ロゼッタはうなずき、やや低い声で続けた。
「さて、ガラス蓋についた苔に悩んでいたよね?」
「そうなんです。犯人はエアレーションだってなんとなくわかったんですが……」
「どうやったら防げるのかを、ボクに聞きたかったんだよね?」
「はい。エアレーションを止めるわけにはいかないし」
「おそらく、キミの考えた通り、水が泡が弾ける時に跳ねてガラスに飛び散り、張り付く。それが光を直に浴び、苔の温床となっているのだろう」
「やっぱり、水飛沫が原因なんですね」
「そういうこと。もちろん解決方法もあるよ?」
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| ・単純な構造だが、使ってみるとすぐにその利便性に気付くはず |
バブルストッパーでバブルをストップしたい
「こういう時はね、エアレーションを弱めれば――」
ロゼッタが口にした瞬間、わたしは慌てて首を振った。
「!? それは……できませんっ。真夏にそんなことしたら……!!」
「ふふっ、冗談だよ。もちろん、そんなことしたら酸欠になっちゃうからね」
お師匠様の軽い笑いに、わたしは胸を撫でおろす。
彼女は真剣な表情に戻り、水槽の上部を指さした。
「そもそも苔の原因は水質の悪化。水換えはもちろん、ガラス蓋の掃除も大事だよ」
「ぎくっ……」
思わず変な声が出てしまった。
ここ数日、プレコ受けの良い底床掃除にかまけ、蓋の掃除をさぼっていたのを思い出したのだ。ロゼッタはわたしの顔を見て、くすっと笑った。
「まあ、誰だって大切なものがあれば、その周囲はぼやけて見えるものさ。
しかし実際、プレコは大食漢で水質悪化の速度も早い。となれば、数日で苔が増えてしまうこともある」
「……やっぱり」
「水が跳ねれば、栄養分で苔もできるだろう」
「その水飛沫をなんとかしたいのですが……」
「そんな時に使うのが、バブルストッパーだよ」
「バブルストッパー?」
「そう。透明な四角形のプラケースを使って、ケースの中でエアレーションをかける仕組みなんだ」
ロゼッタはわたしの二の腕を引っ張り、ディスカスの水槽へと連れていく。
その側面には長さ30cmほどの箱が吸盤で据え付けてあり、その中ではエアレーションをわんさかと炊いてある。
「こんなニッチな道具もあるんですね?」
「そう思うだろう? でも、キミと同じことで悩んでいる人が実に多いのさ」
「ところで、この道具はどこからエアが抜けているのですか? 泡が弾けたあと、空気が溜まるはずですよね?」
「ほら、ケースの上部をよく見てごらん? 隅に小さな穴があるだろう?」
「あ! ほんとだ!」
「ここにあるように、穴を水上に出してセットするんだ。するとケース内で泡は弾け、空気は水上へと抜けるので、水飛沫が外へ飛び散らない」
「それは便利かも!!」
わたしは思わず身を乗り出した。
苔の原因が水跳ねなら、それを封じるこの仕組みは理にかなっている。
だが、ロゼッタは指でケースの角をなぞりながら言った。
「ただし、注意点もある。ケースの中でエアが完結する分、水槽内に大きな対流は生まれにくい」
「……あっ、ケース内でしかエアリフトが作用しないから?」
「その通り。なんとなく理屈がわかってるね?」
「でも、ケースの出入口で水が出入りしていれば、多少の水流は生まれるんですよね?」
「うん。ほら、ストーンがついているパイプが右に左に揺れているでしょ? それにともなって上がっているエアも右に左に揺られている。だから、複雑な水流はちゃんとできているはずさ」
「……ほんとだ! というか、たったこれだけの構造で、よくこんな動きになりますね?」
「ね、不思議だろう?」
ロゼッタは笑みを浮かべた。
「ただやっぱり、水流を好む魚には向かないこともある。そんな時は水中ポンプが必要かもね。ま、キミの水槽では問題ないだろうけどさ」
完成のかたち
数日後、わたしのプレコ水槽は、まるで生まれ変わったように澄み渡っていた。
ガラス蓋にはもう、あの緑の幕はない。ライトの光が底砂まで届き、プレコたちの模様がくっきりと浮かび上がっている。
水流が穏やかに巡り、エアの音が小さく響いていた。
バブルストッパーの中では泡が踊り狂うが、外へ水飛沫を飛ばすことはない。
お師匠様とわたしは水槽の前にしゃがみこみ、うっとりと中を見つめた。
「……せっかく買ったストーンは残念だけど、これで一つの“完成形”だね」
お師匠様は笑顔でそう言った。
確かに、これ以上手を入れる部分はなさそうだった。
この先、新たにプレコたちを迎える日が来るだろう。
プラチナロイヤルにオレンジフィンブラックカイザー――この二匹のストーリーは、このプレコ水槽のハイライトでもある。
だが、それを書くのは、もっと遠い日のことになるだろう。
まとめ
水槽の上に、ふと気づけば小さな水しぶきが――。
ガラス蓋の裏ならまだしも、ライトの裏にまでうっすらと白い跡が残っていた経験、ありませんか?
そう、実はエアレーションによる「水跳ね」が原因かもしれません。泡が水面で弾けると、微細な水滴が周囲に飛び散り、それが蓄積して苔やカルシウム汚れを招いてしまうのです。
そんな悩みをすっきり解決してくれるのが「バブルストッパー」という便利アイテム。名前のとおり、泡の不規則な“弾けっぷり”をうまく抑えてくれる優れものです。
仕組みはとてもシンプルで、透明なプラケースの中でエアレーションを行い、泡が外に飛び出さないようにするだけ。ケース上部には小さな通気穴があり、弾けた泡の空気だけを抜くことで、水飛沫は外に出ず、ケース内で完結します。
見た目はちょっと地味ですが、効果は抜群です。
ライトの汚れや蓋のぬめりが減り、水槽まわりの掃除もぐっと楽になります。また、水槽内の酸素の循環は保ちつつ、水面を静かに保てるため、水景の見た目もすっきりします。
ただし、注意したいのは「水流」。バブルストッパー内で気泡が完結してしまうため、水槽全体の水の動きはやや穏やかになります。流れを好む魚がいる場合は、サーキュレーターや水中ポンプで補うのがおすすめです。


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