カルキ抜きは絶対に使おう!
水槽の立ち上げや水換え、ただ水を入れればいいと思っていませんか?
実はその水、魚にとっては“毒”かもしれません。
水道水に含まれる塩素は、魚のエラやろ過バクテリアを傷つけ、水槽環境を一気に崩壊させます。
そこで必要なのが「カルキ抜き」。
専用の薬剤を数滴たらすだけで、有害な塩素を無害化し、安心して魚を迎え入れられる水が完成します。
今回はそんなストーリーを綴って見たいと思います。
**********************************
(これは2000年代とフィクションが織りなす不思議な世界の物語)
これは、20リットルのプレコ水槽がうちにやってくる、ほんの少し前の話。
大学のサークル間で開かれる懇親会で、一人の人間と仲良くなった。
ロゼッタは、中学生のころから親の力を借りずに水槽を維持しているという、筋金入りの生物オタク。
この人に半ばそそのかされる形で、わたしはアクアリウムという未知の世界に足を踏み入れた。
そんなロゼッタは、わたしのアクアリウム道の水先案内人。
お師匠様とも呼べる存在でもある。
カルキとロゼッタ
最初に買うべきは?
今日は港町のホームセンターにきている。
県内で有数の観光地に建つこの店は、明らかに地元住民でない人間が、着飾った服装でウィンドウショッピングにいそしんでいる。
かくいう、わたしたちもその1組だ。
水槽がカゴに入っていることを除いては。
「このセット品で大丈夫、って言ったでしょ? ライトもヒーターもフィルターも底砂も、全部揃ってる!」
わたしは少し誇らしげにそう言った。
なんたって、明日からわが家に水槽がやってくるのだ。
道具一式入った黄色のカゴをぶら下げながら、ほくほくとした笑顔でレジへ向かうのだが、
すぐにロゼッタは肩を掴まれ止められた。
「ちょっとまって! まだ買うものがあるんじゃない?」
ぴしゃりと言い放ち、わたしの前に立ちはだかった。
ショートヘアは傾き、スリムで美しい瞼は、こちらににらみを利かせている。
――はて?
突然のことにきょとんとしていると、がばりと二の腕を掴まれた。
カルキとはなにか
お師匠様は観光客をかき分け、ずいずいと進んでいく。
凸凹とした二人が、小さいほうを先頭に進んでいく様は、どこか不思議でおかしくもあるのか、他の買い物中の客の視線を集めてしまう。
だが、物怖じもせず、ロゼッタは棚の向こうへと引っ張っていく。
連れて行かれた先には、魚に水草にと可愛らしい絵柄が書かれたカラフルなボトルたち。それが手前から向こうにまで連なっている。
水槽コーナーであることは間違いないのだが、一つ一つの商品に見慣れないカタカナで名前がついており、これが一体何なのかおよそ見当がつかない。
そなこと気にもせず、ロゼッタはつぶやいた。
「えーと、コントラコロライン……コントラコロライン……は?」
コントラ……なんだって?
アクアリウムが色々な意味で難易度の高い趣味だというのは薄々知っていた。
ちょっとセンスのよさそうな雑誌を手に取ると、漢字を組み合わせた難しい単語や、カタカナ言葉で埋め尽くされていた。
だが、それが商品名にまで及ぶとは……。
こちらとしては「楽しい熱帯魚」ほどのレベルでないと、購入する前から門前払いを受けているようで、酷く疎外感を感じてしまう。
「あー、あった。これこれ、ほら? カルキ抜きって……知らない?」
カルキ抜き?
カルキ? カルキ。
カルキってなんだ?
――たしか、聞いたことがある気がする。
でも、それは最近読んだ教科書の中では見かけなかった。
眉間にしわを寄せて、側頭部をぽんぽんと叩いてみる。思い出せそうで、出てこない。
しかし、なにか思い出せそうだ。幼いころに聞いたことがあような気がする。
浮かび上がるのは、蝉のなく声、楽しそうな友達の声。そして冷たいシャワー。
そうだ!
「もしかして、プールで使うやつですか?」
わたしの回答に、ロゼッタはにっこりと笑ってご満悦のようだ。
「あぁ! よくわかったね」
棚から黄色のボトルを手に取り、恍惚の表情で語りだした。
「カルキとはドイツ語の“kalk”で石灰、具体的には次亜塩素酸カルシウムを主成分とするさらし粉のことなんだ」
なるほど、石灰。
ジア……なんとかカルシウムが主成分らしい。
名前の由来は理解できた。
けれど――なぜそれを「抜く」必要があるのだろう。
宙を見る。
天井には大きな金魚の看板がぶら下がっている。
クーラーの風を受け、わずかに右に左にと、だらしなく動いていた。
ロゼッタは、そんなわたしの見て察したようだった。
「塩素のことだよ? わかる? 塩素」
そうだ。塩素だ。
あの日、プールで先生が言ってたやつだ。
カルキ抜きを使う理由
「塩素って……あの、消毒に使うやつ?」
「そう! その通り!」
ロゼッタは軽く髪をかき上げながら、堰を切ったように説明を始めた。
「エラはね、人間でいう肺みたいなもの。水中の酸素を効率的に取り込むために、細胞が剥き出しになっているんだ。だから塩素の刺激にすごく弱いの」
なるほど――魚の身体を守るためか。
そのために、カルキ抜きを……
「そればかりじゃないんだ、亜硝酸菌とか硝酸菌ってわかる?」
「うーん、受験で聞いたことはある……化学合成細菌?」
ロゼッタはぱっと笑った。
「そうそう、やっぱり餅は餅屋だね」
少しほっとする。
どうやら、学内で数少ない微生物系の学科としての面目は保てたらしい。
「で、その化学合成細菌がどうかしたの?」
「えぇ~、やだ! それを知らないの?」
――そんなこと言われても。
わたしが習ったのは、肥料についていの話だ。
アクアリウムと関係があるはずがない。
頭上を見上げる。弱った、また金魚と目があってしまった。
看板は風で、ぶらりぶらりと意味もなく身もだえるように、だらしなく揺れて続けている。
――悶えても答えがでるわけでもないに。
さすがの長考に、お師匠様の助け船が入った。
「もうっ、フィルターだよ? フィルター♪ 」
「えと、そうなんです……か?」
魚のフンや残餌から発生するアンモニア。それは魚にとって猛毒だという。だけど、それを亜硝酸に、さらには硝酸に変える過程で登場するのが、わたしが習った肥料分を作るあの細菌たち。そして、彼らが棲みつくのが、フィルターの中というわけだ。
「なるほどね。アクアくんは、本当に初心者さんってわけだね♪」
ロゼッタはニヤリと笑い、楽しげにそう言った。
「つまり……カルキ抜きは、魚のためだけじゃなくて、その硝化細菌を守るためでもあるということですね?」
「その通り!」
そして、ロゼッタはにんまりと笑った。
「キミは教え甲斐がありそうだから、覚悟しておいてね♪」
水槽とお師匠様。
なにか、いけないものに捕まった気がしたが、……それがわかるのは数年たって自分が歩んできた道を振り返ってからのこととなる。
![]() |
・こちらの黄色いボトルを愛用したこともあった |
時代は変わった
結局その日、手に取ったのは、黄色いボトル――テトラの「コントラコロライン」。
「最初はこれがいいでしょう♪」
と、言われるがままに買ったのだ。
ふと、父の姿を思い出した。
日曜日、庭先で大きなバケツに水を汲んで、丸一日、太陽の下にさらしていた。水換えの前の、あの小さな儀式のような時間。
けれど、時代は変わったようだ。バケツの代わりに、今はこの小さなボトルひとつ。
水に混ぜるだけで、すぐに塩素を中和してくれるらしい。
わたしのプレコ水槽は、まだ空っぽのまま。だが、準備はもうできた。
次に迎えるのは――きっと、あの三角ナマズのはずだ。
まとめ
水槽セットを一式揃えて「これで完璧!」と思ったそのとき、忘れがちなのが「カルキ抜き」です。
見た目はただの小さなボトル。しかし、この一本がなければ、せっかく用意した水槽は魚たちにとって危険な環境になってしまうのです。
水道水には消毒のために塩素(カルキ)が含まれています。
この塩素は人間には安全なレベルでも、魚にとっては強い毒となります。
エラの細胞を傷つけ、呼吸障害を引き起こす原因となります。
さらに、水槽内のろ過を担う硝化細菌――アンモニアを亜硝酸、硝酸へと無毒化する大変な重要な微生物――もまた、塩素に非常に弱く、カルキを抜かずに水を注ぐと彼らを死滅させてしまいます。
カルキ抜き剤を使えば、こうした塩素をすばやく無害化できます。
昔のように一日バケツで水を天日干しする手間は不要で、水換えの際に規定量を加えるだけで、安全な水が簡単にその場で作れます。
魚の健康だけでなく、水槽環境全体を守るために、カルキ抜きを使うと事は、初心者さんに是非覚えてほしい、大切な水槽維持の1ステップだと言えるでしょう。
0 件のコメント:
コメントを投稿