夜行性の熱帯魚との付き合い方
熱帯魚といえば、昼間に元気よく泳ぎ回る姿を思い浮かべる方が多いかもしれません。でも実は、「夜行性」の性質をもつ魚たちもたくさんいるのです。
日中はほとんど動かず、じっと物陰に隠れている彼らの姿を見て、「具合でも悪いのかな?」と心配になることもあるかもしれません。でも、それはごく自然なこと。今回は、夜に静かに動き出す熱帯魚たちとの、ちょっとした付き合いの物語をご紹介します。
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(今から20年前のこと)
次の授業が始まるまで、ほんの少し時間があった。
広々とした大学のキャンパスを歩いていると、木陰から手を振る誰かの姿が見えた。
また彼だ。わたしの熱帯魚の“お師匠様”。
「よぉ? 今日、どうだい?」
軽い口調でそう言って、まるでわたしの放課後の予定を決める権利でも持っているように笑った。
わたしは、いつものように二つ返事でうなずいた。
行き先は決まっている。いつもの熱帯魚店まで一緒に行くのだ。
深夜のフィールドワークは水槽の前で
静かな学び舎と夕暮れの誘い
飲み屋街を抜け、焼き鳥の煙の匂いに少しだけ鼻をくすぐられながら、鉄道の高架橋をくぐる。夕暮れがゆっくりと向こうの山並みに沈んでゆく。店へと向かう道中、ふとお師匠様が言った。
「そういえば、キミの家、ソコモノばっかりだね」
「はは、なんとなく気になるものを集めていたら、そうなってしまったんだ」
「あはは、正直でよろしい。みんなそんなものさ」
プレコにポリプテルス、夜行性の魚たちばかりが並ぶわたしの水槽は、たしかに一風変わっている。
「でもさ、プレコもポリプテルスも夜行性でしょ? 初心者のキミがちゃんと観察できているのかい?」
そう言いながら、お師匠様は店の扉を押し開けると、湿気の強い風が飛び込んできた。お師匠様は含みのある笑顔でこちらを見ると、山のようにフチあり水槽が積まれた店内へと吸い込まれていった。
夜の住人たちの食卓
「こないだ入れたビュティコフェリー、どう?」
「昼間のうちは流木の下に隠れていることも多いかな。それに餌はまだ夜にしか食べてくれないだ」
「ははーん、ちょっと心配だね~」
でも──と、わたしは答えた。
痩せてもいないし、隠れ家の流木の下には毎朝きちんと糞が落ちている。だから、きっと餌を食べているに違いない。姿は見えないけれど。
「なら大丈夫。慣れてくれば昼間でも食べるようになるさ。パルマスなんて、もうエサくれダンスするんでしょ?」
そうなのだ。ショップですでに堂々と踊っていたパルマスは、家に来て翌日には人工飼料をハムリと食べた。むしろ新しい水槽でもすぐに踊ってみせるほど、環境への順応が早かったのだ。
「そのうちローウェイも、パルマスにつられて無防備な姿を見せるさ。試しに昼間あげてみたら?」
「もちろんあげてみた。でも、全部パルマスに食べられちゃって……」
「もしかして、まとめてあげた?」
「そうだけど……」
「それじゃダメさ。寝てる鼻先に、そっと餌を落とすんだよ。居食いってやつを誘うのさ」
お師匠様はにやりと見透かしたようにわらいながら、語り続ける。
そうやって鼻先で餌を感じさせて、少しずつ距離を広げていけば、やがて昼間でも堂々と食べてくれるようになるかもしれないと。
「ま、キミの飼っているビュティコフェリーはそこまで警戒心が強くないはずだから、さっきも言ったけどそのうちパルマスに釣られて昼間でも食べてくれるはずさ」
フィールドワーク
その夜、わたしは水槽の前にいた。
プレコタブレットを落とし、部屋の灯りを早めに落とす。ベッドには向かわない。
「それで、セルフィンプレコはしっかり観察できてるかな?」
用意していた木製の椅子に腰かけると、学友との会話を思い返した。
ガリガリとした流木を食べる音は聞こえおり、プレコタブレットを入れた朝には餌の色が混じった糞便が朝落ちている。「餌付けは済んでいる」と状況的に判断していたのだが、未だ実際に餌を食べている様子を見たことがない。
「オーケーオーケー、それは誰にでもあることだよ」
「にしても、残念。もっとプレコタブレットをハグハグしているのが見えると思ったんだけど」
「はーん、それが見たいのね? ならキミも生物系の大学生のはしくれさ。フィールドワークしてみる?」
実習先は、深夜の自室だ。
暗闇に少しずつ目が慣れてくると、水槽の輪郭が浮かび上がってくる。
流木の影、エアレーションの泡、ありとあらゆるシルエットが月明かりのほのか光であらわになる。
そうして、三十分が過ぎたころ、黒い三角形のシルエットが、すっと水槽前面にやってきた。背びれをピンと立て尾びれ上下に振りながら、前後に揺れてつつ縦横無尽に動き回っている。きっと、水槽内のありとあらゆるものをなめまわっているのだろう。
やがて、餌のある場所に近づくと、ぴたりと動きを止め、背びれをさらに高く掲げる。
──歓喜の姿勢。
![]() |
・わが家のブルーフィンプレコ。時間はかかるものの、慣れれば人前でも食べるようになります。 |
そして彼は、むさぼるように餌をなめ始めた。
初めて見るその姿に、わたしの体が思わず前のめりになる。その瞬間、「ミシ……」という小さなきしみ音が椅子から響いた。
光の矢のごとく、プレコは姿を消した。
それでもいい。
わたしは、確かにその瞬間を見たのだから。
この小さなフィールドワークの成果を、心にしまってベッドへと向かう。
夜行性の彼らとの暮らしは、まだまだ始まったばかりなのだから。
夜に動き出す魚たち
というわけで、今回は夜行性の熱帯魚について。
その代表と言えばポリプテルスとプレコ、そしてナマズ仲間たち。昼間は物陰に潜み、夜になるとひっそりと水槽内を動き始めます。人が寝静まる頃、ようやく彼らの「一日」を始めるのです。
観察のポイントは、ライト管理と隠れ家、そして警戒感の把握です。
規則的な昼夜のリズムがなければ、夜行性の魚たちだって落ち着けません。タイマーを使ってオンオフを管理してあげましょう。
また、流木やシェルターなど、隠れ場所を作ることもとても大切です。夜行性の魚は神経質なことも多いため、安心できる居場所があることでストレスを感じにくくなります。
そして何より、観察方法。魚は動体視力は高いものの、静止している物体には気が付きません。これをうまくして意中の魚を丸ごと観察してしまいましょう♪
ポリプテルスの夜
ポリプテルスはアフリカ原産の古代魚で、夜行性の性質がはっきりと見られる魚です。昼間はシェルターや岩陰にじっと身をひそめていて、あまり動くことはありません。
しかし、こう見えても実は彼らは闇夜のハンター。暗闇の中でエサを探すのが得意で、視力に頼らず、嗅覚や側線器官で獲物を察知して捕食します。ポリプテルスは人間に対してなつきやすい傾向があり、そのため鑑賞用ライトが消えただけの水槽内でも、意外なほど活発に泳ぎ回る姿が見られるでしょう。
そんな彼らは昼間はお昼寝してばかり。水槽には必ず隠れ家を入れ、ライトにもタイマーを取り入れ、落ち着ける環境と生活リズムを整えてあげましょう。そうすることで、ポリプテルス本来ののびのびとした姿を観察できるはずです。
プレコの静かな活動時間
「うちのプレコ、全然見かけないなぁ」
と、思ったことはありませんか? プレコもまた、代表的な夜行性の熱帯魚です。繊細で人目が嫌いな彼らは、昼間はほとんどの時間を、流木の影や土管の奥に隠れるようにして休んでいます。
夜間の観察は、ポリプテルスよりはるかに大変です。プレコは警戒心の塊です。ナマズの仲間ですから音に大変敏感で、物音足れば夜と言えども流木の影に隠れてしまうからです。しかし、水槽用ライトが消え部屋の照明も消して静かに動かず根気強く待ち続ければ、やがて水槽の壁をぺたぺた這うように移動し、コケを食べたり底床をなぞるように動き回る彼らを目にすることができるでしょう。
そんな警戒心の強いプレコのためには、流木は必需品です。隠れ家になるだけでなく、種類によってはおやつ代わりにもなります。日中のストレスを和らげるためにも、流木やシェルターはぜひ取り入れてください。
また、観察と言えど強い光はNGです。たとえブルーライトでもです。豆電球(常夜灯)や月明かりがおすすめです。シルエットしか見えませんが、プレコに違和感をあたえることなく本来の姿を観察できます。
光を落とし、部屋が静かになったときにだけ見せてくれる、小さな命の営み。その瞬間に出会えたら、きっと熱帯魚飼育の楽しみがまた一つ深まるはずです。
・照明を消してひたすら待つ。そうすれば姿を現してくれるはずだ。 |
というわけで、今回はここまで。
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