水槽立ち上げ時に必要な試験紙は、亜硝酸だけでいい理由
アクアリウムを始めるとき、多くの人が悩むのが「水槽立ち上げ中の水質チェック」。試験紙にもさまざまな種類があって、全部そろえると結構なお値段になりますよね?
特にアンモニア・亜硝酸・硝酸。この3つは魚の命にかかわるほどの重大な指標ですが、実はこの中で“亜硝酸”の試験紙さえあれば、ほかの2つは無理にそろえる必要はありません。
この記事では、ストーリーとともに、その理由をわかりやすく解説します。
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(これは20年前の物語)
アンモニアに亜硝酸、それに硝酸。
目の前に並んだ試薬セットの値札を見た瞬間、わたしの口から思わず声が漏れた。
「全部合わせて……6000円!? そんなお金ないよ!」
亜硝酸の増減に着目してみよう!
水槽ひとつと、試薬6000円の壁
ゴールデンウィーク明けの、少し汗ばむような初夏の陽気のなか。
わたしは、駅前のデパートの一角にある小さなペットショップを訪れていた。
きっかけは、サークルで知り合った他学科の友人がいざなってくれたアクアリウムの世界だった。
初めは興味本位だったのに、水槽の中を泳ぐ熱帯魚の姿を見た瞬間、わたしはすっかり心を奪われてしまったのだ。
それ以来、毎週のようにペットショップを巡り、水槽やフィルター、底砂やライトの価格と種類を調べてはノートにまとめている。
「これなら、お小遣いでもなんとか……」
そんな見通しにちょっと安心していたのに、思わぬ落とし穴がここにあった。
試薬セットの値段。なんと、ひとつ2000円。アンモニア、亜硝酸、硝酸、全部そろえようとすれば6000円。
まさか、水質の確認にこれほどの出費がかかるなんて思いもしなかった。
”お師匠様”
翌日。大学の構内にある、緑に囲まれた静かなベンチで、ひとりおにぎりをかじっていると、どこか聞き覚えのある声が背後から降ってきた。
「やぁ、調子はどうだい」
振り返れば、例のアクアリウムの世界を教えてくれた友人だった。
「聞いてくださいよぉ……」
わたしは、昨日の衝撃についてぶちまけた。
話を聞いた彼は、少し驚いた顔をしたあと、ふっと笑ってみせた。
「つまり、キミはその3つの試薬がぜんぶ必要だと思ってるってことだね? どうしてだい?」
「えっ? どうしてって、それは……立ち上げには、アンモニアと亜硝酸と硝酸の濃度を調べなきゃいけないから?」
わたしが少し自信なさげに答えると、彼は肩をすくめながら少し首をかしげた。
「質問を変えようか。どうして3つ全部そろえなきゃ、硝化の流れがわからないと思ったの?」
「それは……」
言いよどむわたしを見て、彼は小さく笑って言った。
「それに、全部知ってどうするの? 魚にとって安全か危険かを知りたいだけじゃない?」
「そ、それは……そんな、お師匠様みたいなこと言われても、わかりません!」
思えば、この時初めてお師匠様という言葉を使ったように思う。
とにもかくにも、の口から飛び出した言葉に、彼は大笑いした。
けらけらとした遠慮のない笑い声。でも、なぜか嫌いになれなかった。
それにしても、お師匠様が言ったように「どうして硝化作用を全部知らなくてもいいのか」それがまだピンとこない。
そんな様子を見て取ったのか、彼は語りかけるように続けた。
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硝化作用はバクテリアの営み
「そもそも、硝化作用っていうのはね。バクテリアたちの連続した代謝反応のことなんだ」
「バクテリア……細菌とかですか?」
「その通り。たとえば、魚のフンやエサの残りって、たんぱく質がたくさん含まれてるんだ。で、それらは腐敗すると何になると思う?」
「うーん……アミノ酸? あ、いや……アンモニアかな」
「そうだね。そうやって腐らせることでエネルギーを取り出す微生物もいるんだ」
なるほど、とわたしはうなずいた。
「そうして生まれたアンモニアは猛毒だけど、さらにそれをエネルギー源にしてる不思議な菌がいる。それが亜硝酸菌なんだ」
「アンモニアが分解されて、亜硝酸になったというわけですね」
「その通り」
うんうん、とうなづくと、話をさらにすすめる
「実はこの亜硝酸もまだ猛毒なんだ。でも、硝酸菌という細菌がさらに分解してエネルギーを取り出し、硝酸にしてくれるのさ」
「つまり、亜硝酸が硝酸に?」
「そうだね。この一連の過程で、アンモニアは水は魚にとって無害な硝酸へと代謝されていくのさ」
「まとめると……アンモニアから亜硝酸へ、亜硝酸から硝酸へ。これが硝化作用ですね?」
「よく分かってるじゃないか!」
「でも……それと試薬がひとつでいい理由って、どうつながるんですか?」
わたしの問いに、お師匠様――と勝手に心のなかで呼んでいた彼は、少しだけ表情を引き締めて、静かに言った。
亜硝酸の濃度に着目すると
「じゃあ、最後にまとめてみようか」
彼はアンモニアが亜硝酸になり、亜硝酸が硝酸になる流れをもう一度ゆっくり確認させるように話し直した。
「立ち上げのとき、これらの菌は最初はゼロに近いんだ。でも、水槽の中にアンモニアが出てくると、それをエネルギーにして菌が増えていく。そうすると、順に化合物も生まれていく。でもね――」
彼はにこりと笑って、言った。
「一粒のアンモニアが、一粒の亜硝酸に、そして一粒の硝酸になる。それ以上にはならないんだ。だから最終的に、検出されるのは硝酸だけになる。これが安定した水槽というわけさ。
「なるほど……」
「もちろん、各細菌のバランスや代謝反応のエネルギーを収支によって、濃度の変化の有り様は違うけどね。」
ここでわたしは、ネットの掲示板に書いてあった、2週間続くともいわれる「亜硝酸地獄」という言葉を思い出した。
「もしかして、それで、亜硝酸がなかなか消えなかったりという話はそのためですか?」
「おそらくはね」
「でも、ここで重要なのが、亜硝酸の濃度の増減だよ。亜硝酸菌が働いてアンモニアが減ると亜硝酸が増える。そして、硝酸菌が働き始めると、今度は亜硝酸が減って、硝酸が増えていく……」
「……あっ!」
気づいて、わたしは思わず声を上げた。
「つまり、亜硝酸だけ見ていれば、硝化作用がどこまで完成したか分かるんですね!」
「そのとーり!」
そう言って彼は笑い、わたしもつられて笑った。
もやもやしていた霧が晴れたような気がした。
6000円の壁は、2000円で乗り越えられるかもしれない。
なんて、ちょっとお得な知識を手に入れた昼休みだった。
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・テトラテスト6in1の中身 |
亜硝酸の濃度が分かれば立ち上げの現在地点がわかる!?
というわけで、後半ではストーリで紹介した内容をまとめたいと思います。
水槽の中でひそかに始まる「硝化作用」
まず、水槽を立ち上げたばかりの段階では、水がきれいに見えても、そこにはまだ安定したバクテリアの循環系はできていません。フィルターを回し、ヒーターで温度を整えても、水中では目に見えない戦いが始まっているのです。ここで登場するのが「硝化作用」と呼ばれる一連の分解プロセスです。
最初に登場するのがアンモニアです。これは魚のフンやエサの食べ残しなどが分解されて出てくる物質で、非常に毒性が強く、魚にとっては危険な存在です。
次にこのアンモニアを分解するバクテリア、いわゆる亜硝酸菌が働き始めると、水中に亜硝酸が生まれます。この亜硝酸も毒性が高く、一定以上の濃度があると魚に大きなダメージを与える可能性があります。
そして、最後にこの亜硝酸をさらに分解してくれるのが硝酸菌であり、彼らが働いた結果、水中には比較的毒性の低い硝酸が蓄積されていきます。
3つの物質、それぞれの“顔”
このようにして、アンモニアから亜硝酸、亜硝酸から硝酸という順番で物質は変化していきますが、それぞれの段階には特徴があります。
アンモニアは発生すると、すぐに亜硝酸菌が増えてエサになるため、水槽での検出期間は短いという性質があります。ある程度濃度が上がっても、亜硝酸菌のおかげで急激に分解されてしまうため、タイミングが合わないと検出が難しいこともあります。
こうして生まれるのが亜硝酸です。
これは、アンモニアを食べた亜硝酸菌が作り出したエネルギーの搾りかすのようなもの。まだまだ搾り取れるので、硝酸菌の餌となります。
亜硝酸菌に比べ硝酸菌の増え方はゆっくりとしたものです。そのため立ち上げ中の水槽では亜硝酸が溜まりやすくなります。
一方で亜硝酸は、アンモニアから硝酸までつなぐ硝化作用の全体の中では中間代謝産物とも言えます。つまり。増え始めればアンモニアが減り、減り始めれば硝酸が増え始めることになります。そのため、立ち上げの進行状況を判断する上で最も明確なサインとなります。
なお、毒性が高く、立ち上げ中は長期間発生するめ、この亜硝酸が水中にどれくらいあるのかを確認することは、魚を安全に導入できるかどうかを判断する上で非常に重要です。
亜硝酸が減ると最後に検出されるのが硝酸です。
これは、硝化作用の最終代謝産物であり、ある程度たまってしまっても毒性が低く、魚に大きな影響を与えることはほとんどありません。そのため、定期的な水換えによってコントロールが可能です。
「亜硝酸が0」=魚を迎える合図
繰り返しになりますが、亜硝酸が現れ始めるということは、アンモニアを処理できるバクテリアが定着しはじめたという証拠であり、亜硝酸がゼロになれば、今度はそれを分解する硝酸菌も機能しているということになります。つまり、亜硝酸を測るだけで、水槽が立ち上がっていくプロセスの全体像が読み取れるのです。
もちろん、必要に応じてアンモニアや硝酸の数値も知っておけるに越したことはありませんが、初期の段階で最も効率よく水質の安定を見極めたいのであれば、亜硝酸だけをチェックするのが現実的で合理的な方法といえるでしょう。
立ち上げ期間中は毎日チェック
水槽の立ち上げに慣れていない方ほど、つい過剰にいろいろな測定道具をそろえたくなるものですが、あれもこれもと試験紙を集めるより、まずは亜硝酸の試験紙ひとつを手に取り、毎日チェックする習慣づけることをおすすめします。バクテリアがしっかりと働いていれば、やがてその数値はゼロになり、それが魚たちを迎える準備が整ったという、ひとつのゴールとなるのです。
無駄なく、そして安心してアクアリウムライフを始めたい方へ。亜硝酸のチェックから、あなたの水槽の立ち上げをはじめてみませんか?
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