突然の生長の鈍化。裏にあるものは?
カリウムを添加しているのに、なぜか水草の生長が思うように進まない。そんな不思議な経験はありませんか?
「まだカリウムが足りないのかな」と考えて、さらに添加したくなるところですが、もしかすると問題は別のところにあるのかもしれません。
今回はドベネックの桶という考え方を元に、水槽の中で起きていることを紐解いていきたいと思います。
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カリウム液肥を継続している。グングンと天井知らずに伸び続け、ライトグリーンの針葉をワサワサとつけてくれるマツモたち。はじめこそ、これのおかげで水草たちは絶好調、そうと思っていた。
ところが、ところが、である。ある時を境に、破竹の勢いで伸びていた水草の勢いがズンと鈍ってしまった。
それだけなら、まだよい。気がつけば、葉やガラス面にコケがポツポツと目立つようになり、少しずつ水槽の中へ侵略してくるようになる始末。
ライトは水草用、CO2も添加しているし、もちろん水換えだって頻繁に行っている。そして、ダメ押しとばかりにカリウム液肥まで添加している。足りないものなんて、なにもないはずだ。
……だが、現実は違う。
これはおかしい。
となれば、わたしの水槽のお師匠様に聞いてみるしかない。
9月の夜の最小律
9月の夜。暦の上では秋だが、帰宅するサラリーマンたちは、まだ半袖のワイシャツ姿のままだ。
昼間の暑さが残っているせいか、駅へ向かうだけで額から汗がポタポタと落ちてくる。胸ポケットからタオルを取り出し、首筋を拭う人々。すると、地下鉄の出口からふっと風が上がってくる。地上の風とは違う、少し冷えた空気だった。
いくつかの駅に停まると、突然列車がガラガラになった。それもそのはず、ここより先は他に乗り換える路線はない。いわば盲腸線というやつだ。街並みもパッとしない。
だが、それがいい。
出口の先にある鄙びたアーケードを通り抜け、レンガ造りのこじんまりとしたビルの茶店へと飛び込むと、店の最奥で手を振る人影が見えた。お師匠様だ。
カリウムを入れたのに、水草がうまく育たない?
私:「お師匠様? ちょっと相談があるんですけど……」
師:「どうしたんだい?」
私:「水草がどうもうまく行かないんです」
師:「え、またかい?」
私:「そうなんです。肥料が足りないのかなと思い……」
私:「カリウム液肥を入れてたのは、以前お話した通りなのですが」
師:「そうだったね。だけど、それでも上手くいかないと?」
私:「……はい。思ったほど、水草の調子が上がらなくって」
師:「なるほどねぇ。まさか、またコケがはびこってるというわけじゃないよね?」
私:「いえいえ。たしかにコケは出ていますが、蔓延はしていません」
私:「それに、肥料過剰添加の一件以来、頻繁に水換えをするようにしています」
師:「ふむー……」
私:「いったい、どうして水草はうまく育たないのでしょうか」
師:「だいたいの状況はわかったよ」
師:「おそらく今回は、コケを恐れすぎたことが原因かもね?」
私:「えっ……?」
師:「そもそもだ。必ずしも、カリウムが足らないとは限らないんだよ?」
私:「え……。でも、不足になりやすいって、おっしゃってましたよね?」
師:「もちろん。でもね、植物にはいろいろなものが必要だろう?」
私:「光、CO2、水、それから……カリウム?」
師:「うん。でも、……それ以外の肥料と言えば?」
私:「あっ、窒素もリンも必要ですよね?」
師:「そうだね。もしその中のひとつが大きく不足していたら、どうなると思う?」
私:「うーん……?」
そこで登場する「ドベネックの桶」
師:「不足している部分が、生長の足を引っ張ってしまうのさ」
私:「……なんだか、難しそうな話ですね」
師:「いやいや、もっと簡単に考えられるんだよ?」
私:「ほんとですか?」
師:「今回の調子の低下の原因を探る上で、とても役立つのが……」
師:「ドベネックの桶という考え方さ」
私:「桶……?」
師:「実は、『リービッヒの最小律』という考え方が元になっているのだけれど……」
師:「これを視覚的に分かりやすくしたものなんだ」
私:「最小律? なんだか余計難解に感じられます」
師:「まぁまぁ。まずは、板の高さがバラバラになっている桶を想像してごらん」
私:「……木桶ですね?」
師:「そうそう。その桶に水を入れる」
師:「するとどうなるかな?」
私:「それは……、一番低い板のところから水が漏れますね」
師:「その通り♪ 一番高いところまで水を入れることはできない」
私:「……つまり?」
師:「一番低い板の長さで、その桶に入れられる水の量を決めてしまうのさ」
私:「なるほど、言わんとしていることはわかりました」
私:「でも、水草とどういう繋がりがあるんですか?」
師:「これを植物の生長に置き換えて考えてみよう」
師:「植物に必要なものを、桶の板にして考えてみるんだ」
私:「光、CO2、窒素、リン、カリウム。それぞれを板にすると……」
私:「あっ! 分かりました!!」
私:「一番低い板に合わせて、水草が生長をしていくのですね?」
師:「うんうん。それが、ドベネックの桶という考え方のイメージさ!」
雨と推理
窓の外で、雨が降り始めた。
それまで聞こえていた車の音に、細かな雨音が重なっていく。店の明かりを受けた路面はみるみる濡れ、街灯や信号の光をぼんやりと映す。
一人の客が帰ると、開けられた扉から湿った風が入り込んでくる。雨に濡れた土の香り。その生ぬるく青臭い風に、カウンターから漂うコーヒーの香ばしさが重なった。
外では傘を持たない人々が、足早にアーケードへと駆け込んでゆく。途端、女性の甲高い声とドタッとした鈍い衝突音が、雨音の中に広がった。屋根のある場所へと急ぐあまり、水に濡れた路面で滑り、転倒したようだ。
スーツ姿の女性に、すぐさま同僚と思しき若い男性が手を貸し、そのままおんぶされて商店街へと消えていく。心なしか、彼女の顔は火照っているようだった。
自然に翻弄された人間たちのドラマチックな成り行きに、思わず目を奪われていたのだが……。
しかし、お師匠様はカフェの香りで気持ちが昂ったのか、熱っぽくドベネックの桶の話を続けた。
カリウムを入れても、別の板が低かったら?
私:「水槽で起きている事態も、この桶で説明できるんですかね?」
師:「もちろんさ!」
師:「例えば、カリウムが一番低い板だったとしよう」
私:「そこにカリウム液肥を入れて、板を高くしたわけですね?」
師:「うんうん」
私:「これで、水草はもっと生長できるようになったわけです?」
師:「そのイメージで概ねあってるね。現に生長したでしょう?」
私:「たしかに。カリウム添加当初はグングンと生長していました」
私:「ですが……、その後の生長は緩慢なものになってしまいました」
師:「ナハハッ! そこが面白いところなのさ」
私:「え?」
師:「これは推測だけど、カリウムの板を高くしたことで、他の栄養素も消費され」
師:「今度は別の板が一番低くなったのかもしれない」
私:「えぇ……? そんなことって起こり得ますか?」
師:「無きにしも非ず。それに、さっき水換えは頻回にしているといったよね?」
私:「……はい」
師:「だとすれば、窒素やリンは水換えでどうなったかな?」
私:「……あぁ! なんとなくわかりました」
私:「水換えで窒素とリンを水槽外に出して、カリウムを入れたわけですから」
師:「うんうん。ということは?」
私:「もしかして、窒素とリンが一番低い板になっているんですね?」
師:「その通り♪」
私:「あぁ、それじゃあ、いくらカリウムを追加しても、改善しませんものね」
師:「ボクの推理ではね。そして生長が緩慢になったスキをついて、コケが出て来た」
私:「なるほど……」
師:「このように、ドベネックの桶は、生長が悪いのは別の要因があるのではないか?」
師:「……という推測を助ける考え方なんだ」
私:「なるほど」
私:「カリウムの不足は解消された。でも、その先に別の不足があった」
師:「そういうことさ♪」
だから「肥料は多ければいい」ではない
私:「しかし、……しかしですよ?」
師:「うん?」
私:「低い栄養素に足を引っ張られるなら……」
私:「全部の栄養をたくさん入れて、全部の板を高くすればいいんじゃないですか?」
師:「ナアハハッ! そう言うと思ったよ?」
私:「……え゛っ!?」
師:「でも、水草栽培はそんなに単純じゃない」
私:「違うんですか?」
師:「必要以上に肥料を入れたからといって、水草が上手く使えるとは限らないからね」
師:「余った養分はどこで使われるかな?」
私:「あ……、コケですかね?」
師:「そうなんだ。水槽では常にコケの問題を意識しないといけないね」
私:「むーん……。ドベネックの桶は難しいですね」
師:「これは、あくまでもバランスを再考する手助けとなる考え方なのさ」
私:「なるほど。しかし、ここまでの話は分かりましたが……」
私:「どうすれば、うちの水槽が良くなるんでしょうか?」
師:「キミの水槽は、もうプレコ水槽じゃないんだ」
私:「……つまり、水換えのしすぎだと?」
師:「その可能性を否定できないね」
私:「しかし……、うーん」
師:「まずは微量要素」
師:「それでだめなら、窒素とリンの添加を検討してみることをお勧めするよ」
私:「はて、微量要素ってなんですか?」
師:「まぁ、その話は次に会ったときにするとしよう」
まとめ
今日の話をまとめると、水草がうまく育たないからといって、単純に「カリウムが足りない」とは限りません。たとえカリウム液肥を入れても、水草がうまく育たないことがあります。
それは、カリウム不足が解消されたことで水草の調子が上がり、さらに水換えの効果も重なったことで、今度は窒素やリンなど別の栄養素が不足している可能性があるからです。
ここで参考になるのが「ドベネックの桶」です。桶を作る板の長さがそれぞれ違うと、一番短い板の高さまでしか水を溜めることができません。つまり、全体の水準は、もっとも不足している部分によって決まるという考え方です。
N・P・Kについても、これと同じように考えることができます。カリウムが不足しているからといって、カリウムだけを増やせばよいとは限りません。カリウムの不足が解消を見越して養分のバランス取りをしないと、今度は窒素やリンが新たな制限要因になることもあります。
カリウムと考えるだけではなく、「窒素・リン・カリウムのうち、どれが不足しているか?」とイメージを膨らませることは、植物を育てるうえで極めて重要な事です。
水草の調子が上がらない。そんなときは、闇雲に肥料を足す前に、もう一度ドベネックの桶を思い浮かべてみてください。
水草不調の原因が見えてくるかもしれません。


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