短期的な視点でのウールマットの役割
アンモニアと亜硝酸が消え、水槽の立ち上げが終わると、つい「もう大丈夫」と安心してしまいますよね。
しかし、見た目では順調に見える水槽の中でも、フィルターの中では未だに大きな変化が起き続けています。時に、何気ないメンテナンスが、思わぬ影響を与えることもあります。
今回は、立ち上げ期に焦ってフィルター清掃をしたことの顛末を紹介したいと思います。
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心配していた水槽の立ち上げ。導入当初こそ怯え切ったアカヒレを気遣っていたものの、今や水槽を我が物顔で駆け回り、大きな問題もなく立ち上がる。
CO2の添加も開始し、マツモもゆっくりながら一歩一歩生長しはじめた。
水槽は新たな局面を迎えていく。
だが……
立ち上げ中のウールマット清掃で大失敗
いつも通りの清掃?
懐かしい蛍光灯の光のもと、映し出される30cmキューブのハイタイプ水槽。中には青く輝く、小さな地球がある。この世界を支えているのは、左右両端から伸びるホースの先にあるエーハイム2222だ。
随分と昔に購入したもので、最近では店舗で見つけるのすら難しい。しかし、大容量に似つかわしくない穏やかな流量がもたらすろ過能力は第一線級で、わが家の水槽を地母神のように見守っている。
ふと、卓上カレンダーを見た。
そろそろ立ち上げをして1か月あまり経つようだ。となれば、1か月といえば、そろそろウールマット清掃のスパン。立ち上がった直後だが、これだけセラミックろ材がある。ウール交換とまではいかなくても、もみ洗いぐらいなら問題ないはずだ。
翌日、泡だらけ。
就業後、非常階段に出て一息つく。鳥かごのような超高層ビルの中、ほとんど人も立ち入らぬここでさえも、ガラス張りで囲われており息苦しい。だが、それでもささやかに一息つける場所なのだ。
いつも通り、闇夜に包まれて間もない街を見る。黄金に輝くビルの平野、ネイビーの空の先に、学生時代によく見た山並みが漆黒の陰影を作り出している。
……もうじき退勤して15分。エレベーターのラッシュを避けるようにここで時間を潰していたが、そろそろ潮時のようだ。今日もお師匠様と眼下の喫茶店でアクアのよもやま話をするのだから、長くはいられない。
師:「それで水槽はどうなの?」
私:「問題なく立ち上がっていたんですが……」
師:「その口ぶりだと、良くないことが起きたんだね?」
私:「そうなんです。ちょっと魔がさして、ウールマットを洗浄してしまって」
師:「――あぁ、洗っちゃったんだね?」
私:「だってエーハイム2222ですよ? セラミックろ材が2.2Lもあるんですよ?」
師:「それって、あくまでもセラミックろ材の容量だよね?(ジットリ」
私:「うぅ……、わたしだって、冷静に考えてみたんです」
師:「ウールマットぐらいなら洗っても大丈夫だろうって?」
私:「……はい」
師:「なんてことを……。それで、どうなったの?」
私:「お察しの通り、水面が泡まみれです」
師:「なっはっはっは!! そうだろうねぇ。水質が不安定になったんだねぇ」
私:「でも、ウールマットぐらいなら大丈夫だろうって思ったんです。本当に!」
師:「気持ちは分かるよ。立ち上がった水槽で考えれば、ウールぐらい洗っても大丈夫だと考えてしまいがちだよね?」
私:「いつもなら、もみ洗いは当然、交換しても大した問題が起きることはないはずなんです」
師:「しかし、残念な結果になってしまったね。それは立ち上がった直後の水槽だからさ」
私:「やっぱり……ですか」
師:「ところで、水質検査や水換えはしたかい?」
私:「もちろんです。アンモニアや亜硝酸は出てませんでしたが、アカヒレがいる以上、悪いことが起きてはいけないので、換水はしておきました」
師:「そうだよねぇ。まぁ、意見が分かれそうだけど、生体がいるなら換水しておいた方がいいかもね。あとエアレーションも」
私:「でも、どうしてこんなことになったんでしょう?」
師:「んふふ、それはね……?」
表面積と定着のしやすさ
金曜の20時、梅雨入りした喫茶店は色とりどりの香りが洪水を起こしている。湿気、ほこり、カビ臭さに下水の臭気。香水、たばこ、さらには男性の酸っぱい汗や、女性のツンとした臭い。それらが一緒くたに混じり合い、独特な都会の香りを醸し出している。
社会人一年目こそ嗅覚の修行のようにさえ思えた。しかし、わたしもお師匠様も、すっかり慣れ切ってしまった。忌々しい梅雨の湿気だけをじっとりと感じながら、淡々と話を続けるのだった。
師:「それは、ウールマットとセラミックろ材では、前者に硝化細菌が定着しやすいからさ」
私:「うん? セラミックろ材って定着しやすいろ材ではないんですか?」
師:「まぁ、そう考えるのが当然だよね。しかし、立ち上げて1か月程度なら、まだセラミックろ材には十分な量が定着してないんだ」
私:「えぇっ!?」
師:「むしろウールマットのように、細かい繊維質で軟らかいろ材に居着きやすいんだ」
私:「むーん……。でも、でも……? セラミックの方が表面積がありそうですけど?」
師:「もちろんだとも。とは言え、ろ材一粒単位ではなく、ろ材ケース内全体として見た場合、セラミックろ材はウールマットと比べると目が粗いだろう」
私:「たしかに。セラミックろ材はざらざらして表面積がありそうだけど、粒と粒の重なりが作る篩(ふるい)は少々荒いかもしれません。しかし、それの何が関係しているんですか?」
師:「つまりだ。溜まるゴミの量はウールマットの方が多いので、物理ろ材として利用しているわけだが。物理ろ材として集めたゴミは、硝化細菌の栄養源でもある」
私:「あぁ、なるほど! ご飯が安定して供給されるので、硝化細菌も付きやすいということですか?」
師:「そういうこと♪」
私:「納得です。んーでも、それだと、よく考えると、わたしが知っている話とはどこか違うような……」
師:「なははっ、以上の話はあくまでも立ち上げ時期の短期間に限った話さ。もちろん、長期的な視線で考えたら、目が粗くても微細な凹凸を持つセラミックろ材の方が、生物ろ過を任せるのに好ましい」
私:「あ……やっぱりそうですよね? だから、ウールマットは毎月交換するんですものね?」
師:「そうそう。ゴミが詰まりやすいからね。いくら硝化細菌が付きやすくても、ほっとけばフィルターが目詰まりするし、毎月リセットするものに生物ろ過は任せるわけにはいかないからね」
私:「うんうん。要するに短期的な硝化細菌の付きやすさと、長期的なろ過性能は、話が別ということですね?」
師:「おっ、うまくまとめてくれたね。そういうことなんだ」
それから
水質は落ち着きを取り戻し、今日もアカヒレたちはマツモを揺らしながら、元気よく追いかけっこをしている。そのマツモたちもすくすくと生長しており、少しずつだがトリミングの頻度も上がってきた。
しかし、マツモの森というには今ひとつボリュームが足らない。なんとかして、生長速度を上げたいのだが……。そうだ、蛍光灯。これが悪いのだ。こいつは今やロートルだ。
幸いにして、最近は家電量販店などで2000円程度の強力なLED電球が出ている。これを使えば、強光でワラワラと爆殖するに違いない。
そう思ったのだが……。
(次回へ続く)
まとめ
水槽を立ち上げた後、特にフィルターやろ材の扱いは、アクアリウム初心者だけでなく、経験者でも迷いやすいポイントです。
今回のように「ウールマットを少し洗うだけなら大丈夫」と思ってしまうことは珍しくありません。特に外部フィルターのように容量の大きなろ材を使っていると、「セラミックろ材がこれだけ入っているなら問題ないだろう」と、ろ過性能を過大評価してしまう傾向にあります。
しかし、水槽立ち上げ直後は、ろ過環境がまだ完全には安定していません。長期間使った水槽では、セラミックろ材を中心に硝化細菌が定着していきますが、立ち上げ初期では物理ろ過を担当するウールマットにも非常に多くの微生物が関わっています。
そこは細かな繊維によってゴミを集める場であるため、そこには硝化細菌の餌となる有機物も集まりやすい特徴があります。意外にも多くの細菌が定着しやすい場所でもあるのです。
もちろん、長期的なろ過性能を考えるとセラミックろ材の存在は欠かせません。表面の細かな凹凸や多孔質な構造によって、安定した生物ろ過の環境を作りやすく、長く使い続けるろ材として優れています。
とは言え、ウールマットとセラミックろ材には、それぞれ得意な役割がそれぞれにあります。短期間で細菌が付きやすい場所と、長期的に生物ろ過を支える場所は、必ずしも同じではないということです。
アクアリウムでは、つい目に見える変化を求めて手を加えたくなります。しかし、水槽の中では小さな変化が大きな影響を与えることもあります。ろ材の役割やをよく理解することが、安定した水槽への近道になることもあるでしょう。


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