もしもガラス蓋を割ったなら
水槽のふた、なんとなく置きっぱなしにしていませんか?
うっかり足をぶつけたり、物を落としたりするだけで、ガラスは簡単に割れてしまうもの。
そして、割れてから気づくことになります。
「あ、これって案外大事だったんだな……」と。
今回は、そんな“もしも”のときに慌てないための、ストーリーで対処法をご紹介します。
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これは2000年代とフィクションが織りなす不思議な世界の物語。
バギッ!!!
まるで地雷を踏んだかのような鈍い音。
踏み出した足をそろりと引っ込めた。
あるはずのない、木の床に走る大きなひび。
わたしは、何が起きたのか理解するまでに、幾ばくかの時間を要した。
粉々に砕けたそれは、水槽の脇の床に置いていたガラスのフタ。
わたしのだらしなさを糾弾するように、音を立てて崩れ落ちたのだった。
わたしの後悔を嘲笑うかのように、秋の夕陽を受けたガラスが床に点々と広がり、天井までも煌びやかに彩っていた。
ガラス蓋を求めて
不注意
ああ……やってしまった。
床に直置きしていたフタに、気づかず足を乗せてしまったのだ。
いつもなら壁に立てかけておくのに、今日はなぜかそのまま。
不注意は、惨事をもたらしたのだ。
しかし、わたしは、こんなことをしている場合ではないのだ。
足元の破片を見下ろしながら、いま水換え中の水槽を見つめると、途方に暮れてしまう。
ここ数週間、学生実験で立て込んでいる。
班員に迷惑を掛けないよう、実験の手順と背景にある知識を、休日である今日中に洗いざらい調べておかなければならないのだ。
上からガラスを押し割ったため、幸いにも怪我はない。
だが、蓋がないままでは、魚たちが飛び出してしまうかもしれない。
今、水槽ではセルフィンプレコとグリーンロイヤルプレコの勢力争いが勃発中。
押し合いへし合い取っ組み合いの結果、場外に押し出されれば致命的となる。
わたしは不安に胸を締めつけられながら、闇雲に何度も心の声で出してみたが、問題の解決にはなるはずもない。
こうなれば、頼る人は一人しかいない。
そう、わたしの水槽のお師匠――ロゼッタだ。
のだが……、実験が忙しくて、ここのところしっかり連絡を返せていない。
果たして、返信をしてくれるのだろうか……?
規格水槽だから
割れた音の余韻がまだ耳に残る中、まずは割れたガラス蓋の撤去。
そして水換え作業を終えたあと、お師匠様に言われた通り、ライトを外して水槽の大きな口をラップで包んだ。
「これでよし!」
ライトは点かないが、とりあえず魚たちはこれで安全だ。
ピロリン♪
お師匠様からの再びの着信。
こちらも幸いなことに、1時間後、いつもの店に集合ということになったのだ。
その出発の知らせ。 わたしも玄関から飛び出し、駅へと向かう長い坂を駆け上がった。
「あはは、災難だったね、でも大丈夫だよ♪」
店に入ると、先に来ていたお師匠があっけらかんと声をかけてきた。
二週間ぶりの再開、だが彼女の瞳はいつもどおり冷静で、わたしのトラブルをどこか楽しんですらいるようだった。
が、わたしはそれどころではない!
「もぉ、大変だったんですよ! ガラスの処理に水換え、それとラップでフタをして……」
「まぁまぁ、水槽という趣味をしていれば絶対に一度はあることだから。何事も経験だよ」
思い出すだけでうんざりする失敗、その愚痴で一気にまくしたてると、彼女は軽く頷きながら、優しい目で慰めてくれた。
「でも、フチあり水槽とはいえ、あれはメーカーの付属品だったんです!
代わりになるものなんて売ってるんですか?」
「売り場をのぞけば、きっと代わりのフタがあるはずよ。だって、規格品だもの」
わたしは眉をひそめて、聞き返した。
「規格品?」
「そうだよ、キミのは、45cm“規格”水槽でしょ?
どのメーカーが作っても、サイズが同じになるようにしてあるんだ。それが規格水槽。だから、きっと大丈夫」
「あぁ! 規格ってそういうことだったんですね?」
「んん? んふふ、それを知らずに使ってたんだね♪」
お師匠様はわたしの目を見て、にこやかに微笑むと、水槽売り場へと足を向けた。
その背中を追いかけるようにして、わたしも彼女のあとをついていく。
ところが、目的地のずいぶん手前で、お師匠様は突然ぴたりと立ち止まった。
わたしは急停止できずその横を通り過ぎようとしたが、不意に二の腕をぐっと掴まれ、そっと指をさしたその先を見た。
そこにあったのは、プラスチック製の封筒が立体的に連なった、どこか不思議な棚だった。
だが、思えば、こうやって腕を掴まれるのはいつぶりだろうか……。
その顔を見るとにっこりと微笑みんでいる。
「ほら! ここ、ここだよ!」
「これ? ……ですか?」
色々な思いが入り乱れながらもスチール製の棚を見ると、たしかに「45cm規格水槽用ガラス蓋」と書かれている。
その横には、きっとあの体の大きな店長が書いたのだろう、角ばった文字でサイズまで丁寧に記されていた。
ポケットの中から広告の切れ端を取り出し、メモと照らし合わせると、どうやら割れてしまったガラス蓋の寸法とほぼ同じサイズのようだ。
ぴったりではないが、数ミリの違いなら水槽には問題なく収まるはずだ。
「んふふ、今日は“規格品”に救われたね?」
「はい。助かりました。それにしても、今日はありがとうございました……」
ほっとした気持ちで、さっとお礼を言うと、彼女は頷いた。
「こういうことがあるからね、なるべく規格水槽やキューブ水槽がおすすめなのさ♪」
そういうと、すぐにお師匠様はくるりと振り返り、後ろの水槽を見つめ始めてしまった。
![]() |
・「規格」水槽はやっぱり便利 |
交換用のガラス蓋がないときはどうする?
「まぁ……、キミもきっと忙しいからね……」
彼女はそうは呟いた。
確かに、その通りだ。
休日の午後一番に水換えを済ませ、ガラスをきれい拾い、今こうしてここにいる。
明日は学生実験もあるし、本当なら予習に取りかかっておきたいところなのだけれど……。
お師匠様は、目の前のエレファントノーズの水槽を眺めるふりをしながら、何度もこちらをちらりと見てくる。
どうやら、後期から始まった実験のせいで、少し寂しい思いをさせてしまったらしい。
「それはね、全部が全部、規格品というわけではないからね……」
「どうしてですか?」
そうぽつりとつぶやいたので、呼応するよう尋ねると、待ってましたとばかりにぱぁっと笑顔になった。
どうやら、今日も話が長くなりそうだ。
「それはね! 変形水槽というやつがあってさ。そう、例えばキミが持っている20Lの水槽さ!」
「あぁ、あの水槽ですか?」
「そう! あれはね、メーカーオリジナルのサイズで作られてるから、規格のフタじゃ合わないんだよ」
彼女の口調はさっきと変わらず穏やかだったが、子犬のような目でわたしを見つめ話し続けた。
「今ちょうど、ガラス蓋の売り場に来ているから、調べてみよう♪」
「えーっと、上から、120、90、60、45、そして30cmキューブ」
「そうでしょう? キミが前に使っていた20Lの水槽の蓋はあったかな?」
「えーっと……いいえ、どこにもありません」
「だよね?」
「じゃあ、なるべく、そういったものは避けた方がいいんでしょうか?」
彼女は首を大きく振ると、ショートヘアの横髪をかき上げてから、背伸びをして見せた。
「まぁ、それでも最近はネット通販で販売されていることもあるからね。昔ほど融通の利かないというわけではないんだよ?」
「なるほど、実店舗をもたないネットショップなら、細ごまとした商品を置いてあるかもしれませんね」
わたしがうんうんと頷くと、お師匠様はにやりとしてみせる。
「それに、悪いことばかりじゃないんだ?。何だと思う?」
――はて? なんだろう?
「えーっと、それは……やっぱりサイズ感が独特で、水景も規格水槽とは違って見えるのが……」
思いつく限りの理由を挙げてみたが……
「ブッブー!」
どうやら違うらしい。
「自分の会社のフィルター付けて、ライト付けて、セット品で売れるでしょ? つまり……?」
「ああ! 安い! ということですね?」
「ピンポンピンポーン♪」
「まぁ、これはボクの憶測なんだけどね」とお師匠は切り出した。
「ひとまとめにすれば流通コストも下がるし、使い方もイメージしやすいから初心者さんも手に取りやすい。さらにメーカーの名前を覚えてもらえるし、ファンになってもらえれば消耗品や大型器具まで選んでもらえるからね♪」
と、頬を赤くして語気を強めた。
「キミだって、何度か専用ウールマット買ったでしょう?」
「……たしかに、そうですね。それに、カルキ抜きだって同じメーカーだから安心して使えるのか、気づかないうちにリピートしていました」
「ま、そういうこと。日本人はなんだかんだ言って、まだブランド志向が強いからね」
どこか熱を帯びた口調で、お師匠様は静かに語り始めた。
「とにもかくにも、最近はちょっとクセのある寸法の水槽が多い。蓋が割れると大変! だから、そんな水槽を買うな! とはボクは言わないよ? でも、覚えていてほしいことが3つあるのさ! 1つは、さっきも言った通りで……」
「ネットショップの利用ですか?」
「その通り。さっきも言ったとおり、変形水槽でも大手メーカーのものなら、通販サイトで売られていることもあるんだ。それと、ネットがらみでもう1つ。わかるかな?」
「ネットで……ですか?」
「実は、水槽のフタを作ってくれる会社があるんだよ。値段は張るかもしれないけど、そういったところに、ネットでお願いするのも一つの手だね。そして最後は自作」
「自作? ガラス蓋を……ですか?」
「いやいや、ガラスの加工は素人には難しい。だからアクリルや塩ビ板をホームセンターで買ってきて、自分でカットするのさ」
「なるほど……」
お師匠様は軽く笑って、こう締めくくった。
「ただの水槽のフタは、ただの“フタ”じゃなくて、飛び出し防止の道具だからね。割れてしまっても、なるべく復元して取り付けたいところだね」
再び
あのあと、わたしの水槽は無事に修復された。
ガラス蓋も問題なくフィットして、魚たちは何事もなかったかのように泳ぎつづけている。
――だが
おおよそ1年後、またしてもわたしはフタを割ってしまった。
今度は掃除中、机の端に立てかけたままにしていたそれが、手が当たって倒れ、真っ二つに。
ため息をつきながら破片を片づけ、わたしは覚悟を決めた。
「もう……ガラスは、こりごりだ」
わたしは呆れたように苦笑しながら、つぶやいた。
手近なアクリル板を取り出し、寸法を測ってノコギリを握る。
今度こそ、自分で作ってみせようと、覚悟を決めて。
が、そのお話は、また別の機会にでも。
まとめ
水槽のガラス蓋が割れてしまうと、つい慌ててしまいますよね。でも大丈夫、まずは落ち着いて対処しましょう。割れたガラスはとても鋭利なので、素手で触らず、軍手や厚手の布を使って丁寧に片づけてください。床に飛び散った破片は、掃除機やガムテープを活用すると安全です。
そして次に気になるのが、魚たちの安全。蓋がないまま放置すると、蒸発量が増えたり、魚が飛び出してしまうリスクも。応急処置としてラップや板で仮の蓋をしておくと安心です。ただし、密閉しすぎず空気の通り道は確保しましょう。
この時、代わりのフタを異常に加熱してしまう危険性もあるので、ライトはなるべく消しておきましょう。
もし水槽が「規格水槽」であれば、ホームセンターやアクアショップで代替品が見つかる可能性が高いです。反対に、メーカー独自のサイズの水槽(いわゆる変形水槽)だと、合う蓋が市販されていないことも。その場合はネット通販で探したり、アクリル板や塩ビ板を自分でカットして蓋を作るのもひとつの方法です。
水槽の蓋は、見た目以上に大切な存在。飛び出し防止はもちろん、ホコリの侵入を防いだり、水温の安定にも関わってきます。割れたからといって諦めず、自分の水槽に合った方法で、しっかりカバーしてあげましょう。
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