プレコの餌付けと心構え
プレコをお迎えしたものの、なかなか餌を食べてくれず不安になった経験はありませんか?
静かに沈むタブレットフード、動かない魚影……。このままでは弱ってしまうかも、と心配になることもあるでしょう。
今回は、そんな“餌付けの壁”を乗り越えるための基本と心構えをストーリーで紹介します。
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(これは2000年代とフィクションが織りなす不思議な世界の物語)
ガラス越しに、ゆったりと漂う小さな魚影。
体に浮かぶ深緑と黒のストライプ模様は、まるでスイカの皮のようだ。
グリーンロイヤルプレコ。
水槽のプレートには、たしかにそう書かれていた。
わたしはこの新しいプレコを探している。けれど、足取りは重い。
心の奥がじわりと底冷えするような、妙な胸騒ぎがするのだ。
水槽の前に立ったまま、わたしはついに従業員に声をかけることができなかった。
プレコを迎えるということ
不安
――また、あのときのようになるのだろうか。
最初にセルフィンプレコを飼ったときの記憶が、今も戒めのように残っている。
夜な夜な餌を食べてくれるか心配し、朝には無言で残された餌を片づけ、
さらには水の濁りや亜硝酸に怯えていた日々。
――もし、餌付けに失敗したら?
想像しただけで、胸の奥が締めつけられる。
初めての餌付け
ふとショップの天井を見上げると、あの日と同じようにペンダントライトに埃がべっとりとついていた。
プレコとの日々は、初日から闘いだった。
お師匠様ことロゼッタには、さまざまな場面で手を差し伸べてもらったが、
飼育とは、あくまで自己責任。孤立無援の闘いなのだ。
水槽を立ち上げたばかりの頃、お師匠様が言っていた言葉がある。
「キミにできることは、ごく限られている。だから……」
その言葉はいまでも、ずっしりと心に残っている。
魚の状態には個体差もある。だから、何が起きても気に病みすぎるな――
お師匠様は、そんな意味で言ってくれたのだろう。
けれど、当時のわたしには、その意味を正確に理解することなどできなかった。
たった一言で決意が揺らぎ、その日手渡された小さな水袋とプレコタブレットを、震える手で持ち帰ることになったのだ。
帰路、顔面蒼白になって別れたのが、よほど気になったのだろう。
お師匠様が心配して送ってくれたメールは、今でも大切に保存してある。
ポケットからケータイを取り出し、そのメールを読み返す。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「非常食になるから、流木は必ず入れておいてね」
「寝る前に餌を落とすこと。早すぎてはダメだよ。」
「夜はプレコの時間だから、水槽に近づかないでね」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
今読んでも、甲高い声で再生される。
忙しくて連絡がつかないときは、その文字をお守りにするしかなかった。
それが、当時のわたしにできる唯一の拠り所だったのだ。
ふと、ガラス面の向こうから、グリーンロイヤルプレコがこちらをじっと見つめていた。
この子の未来も、わたしが見ていないところで、すべてが決まるのだろうか。
餌を食べてくれるかどうかも、生き延びてくれるかどうかも。
あんなに胃の痛くなる思いをしたのに、また同じことを繰り返すのか?
あのときのわたしにできたことは少なかった。
できることといえば、毎朝ネットやホースを片手に、タブレットの残骸や糞を取り除き、水換えをするくらいだった。
目を凝らしても、餌が減ったのかどうか分からないこともあった。
けれど、やがて糞が出てくると信じるしかなかった。
餌付けとは、信仰に近い行為なのかもしれない。
生きているということ
そんな日々を思い出しながら、気づけば足が止まっていた。
「どうしたの? あまり興味がないようだけど?」
背後から、お師匠様の声が飛んできた。
小さな笑いを含んだその声は、わたしの迷いを見透かしているようだった。
振り返らず、正直に言った。
「あの悪夢のような期間が、また始まると思うと……」
言葉を選ぶ間もなく、喉の奥から漏れ出たその声は、かすかに震えていた。
けれど、お師匠様はまるで子どもをなだめるような口調で笑った。
「キミの気持ちは分かるよ。でもね、次は違うかもしれないんだ」
――そんなわけがない。
心の中の拒否反応が、きっと顔に出ていたのだろう。
ロゼッタは柔らかい声色で諭すように言った。
「キミがさ、誰かが知らないものを美味しそうに食べてて、それをタダで食べられるチャンスがあったら、どうする?」
その言葉に、ふと脳裏に浮かんだ記憶がある。
――生春巻き。
わたしは、あれが嫌いだった。
家でも食べたことがなかったし、あの透明な皮に包まれた中身が透けて見えるのが不気味で、どうしても食指が動かなかった。
けれど、ある日訪れた居酒屋で、友人がきらきらした目で「これ、美味しいんだよ」と言いながら頬張る姿を見て、なんだか気になった。
そして、気が付けば、わたしも一口かじっていた。
ぷりっとしたエビの弾力、キュウリの歯ごたえ。
香草の香りが鼻を抜け、わたしは一瞬で虜になった。
あのときの「意外と美味しい」という衝撃が、いまでも鮮やかに思い出せる。
「それは……誘惑に負けて、食べてしまうかもしれませんね?」
わたしがぽつりと答えると、お師匠様は嬉しそうに目を細めた。
「そうでしょう、そうでしょう♪」
そして、少し誇らしげに続けた。
「実はボクね、何度も同居のプレコに釣られて餌付く現象を見てるんだ。だから、次はきっと大丈夫なはずだよ?」
「……でも、もしも、ってこともありますよね……?」
「うんうん。そのときは――覚悟を決めて、餌付けだね」
その言葉は、じんわりと腹の底に沈んでいった。
――絶対に避けたい。
もし失敗したら、静かな別れが待っている。
プレコが好きなわたしにとって、それはなによりつらい。
けれど、その橋を渡らなければ、プレコを飼うことはできない。
わたしは、立ち止まったまま水槽を見つめる。
グリーンロイヤルプレコは、流木の陰でじっと動かない。
願わくば、生春巻きを「美味しそう」と思える子でありますように。
期待と不安、そして……
「それで、アクアくんが興味を持ったのは、どの子かな?」
覚悟はできている。今日は、今日こそは、グリーンロイヤルプレコを買って帰る。
店内には、あのときと変わらない匂いが漂っていた。
水とコケと、わずかに生臭さ混じったあの香り。
(今回も、きっと餌付けはうまくいく)
そう心の中で唱え続けると、なおも揺れ続ける気持ちが固まった。
これが期待なのか、不安なのかは分からない。
けれど、今はその両方を受け入れる覚悟があった。
しかし、わたしが指さしたその時、お師匠様が急にそわそわと落ち着きをなくし、何か言いたげにこちらを見ていた。
そして突然、ガシっと二の腕をつかまれ、店奥の外部フィルター売り場まで引っ張られた。
そこで、お師匠様はぽつりと告げた。
「あの子は……難しいかもしれない。今回はダメかもね」
「……どうして?」
思ったよりも声が小さくかすれていた。
しかし、お師匠様はそれ以上、何も言わなかった。
その理由……いつか別の機会に述べたいと思う。
まとめ
プレコの餌付けは、熱帯魚飼育の中でもとりわけ根気が求められる工程です。
特に導入初期は、環境に慣れず人工飼料をまったく口にしないことも珍しくありません。そんなときこそ、基本に立ち返ることが大切です。
まず、プレコには必ず流木を入れましょう。これは単なるレイアウト素材ではなく、彼らにとっては隠れ家であり、必要なセルロースを摂取できる“非常食”でもあります。
また、プレコは夜行性のため、餌は夜間に静かな環境で与えるのが効果的です。そのため、消灯前後に、タブレット状の専用フードを底に置くとよいでしょう。
早すぎれば、ふやけてボロボロになり、口に入る前にフィルターに吸い込まれてしまうことも。
水質悪化のスピードも早くなり、フィルター掃除の頻度も増え、いつもよりまして手がかかるようになってしまいます。
そして3つめは、プレコにプレッシャーをかけるのはやめましょう。
昼間や給餌中、さらには深夜などでも、水槽の前で騒いだり覗き込んだりすると、プレコが警戒して餌を避けてしまうことがあります。
食べてるかどうか、流木をどかして確認するなんてもっての外です。
餌付けが済むとまずは餌の色がついた糞が出るようになります。
たとえ翌朝に餌が減っていなくても、すぐに焦らず、糞があるか確認してみてください。
それが、食べたサインとなりますです。
チェックが終わったら、残飯と糞処理をしましょう。
餌付けは「食べるかどうかを見守る」静かな戦いです。
うまくいかない日が続いても、信じて待つ姿勢が成功につながるはずです。
それでも、失敗するときは失敗します。
気を病む必要はありません。
きっと亡くなったプレコも、あなたの次の出会いを願っているはずです。
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