プレコとアヌビアスと水槽所初心者
丈夫で育てやすい水草といえば、やっぱりアヌビアス。
中でも「ナナ」は、葉の美しさと育成のしやすさからアクアリウム初心者にも人気です。実はこの水草、プレコとの相性も抜群。レイアウト性も高く、水槽に自然な雰囲気を加えてくれます。
今回は、ナナではなくコーヒーフォリアのお話ですが、その扱いやすさについてストーリーで紹介していきたいと思います。
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これは2000年代とフィクションが織りなす不思議な世界の物語。
静かな住宅街に、ヒヨドリの甲高い声が響き渡る秋の昼下がり。
水面に浮かぶ蛍光灯の光が、部屋の壁に反射して銀のゆらめきを作っている。
困ったことが起きた。
その日、わたしは水槽の前に座り込み、アヌビアス・コーヒーフォリアの葉を一枚ずつ確かめていた。
この水草に異変を感じたのだ!
一枚の葉に無数に広がる、まるで虫にでも食われたような小さな穴。中心の筋だけは綺麗に残り、一部はまるで葉脈標本のようになっている。
「水の中に葉を食べる虫がいるのか?」
水草と流木を念入りにチェックしてみても、犯人になりそうな昆虫は沸いていない。だが、もう1つ手がかりを見つけた。
5枚葉があるうちの、下2枚だけやられているようなのだ。
犯人は古い葉ばかりを狙ったようで、新芽のやわらかな白い葉には、まだ手跡すらついていいない。
「このままでは、いつか上の葉も……」
そう危惧して、わたしはロゼッタを呼んだ。わたしの水槽のお師匠様だ。
水槽のトラブルを嗅ぎつけては、適切に助言をしてくれる、人畜無害どころか天使のような野次馬的存在だ。
プレコとコーヒーフォリア
プレコとアヌビアスの日々
「ん、どれどれ?」
しゃがみ込み、わたしと同じ目線で水槽を覗き込むと、お師匠様の顔にふっと笑みが浮かんだ。
「……犯人はプレコさ!」
ズバリと即答した。
その指は、水槽の底で流木の陰にじっとしていた、一匹のセルフィンプレコを指した。
ショートヘアをかき上げて、いつものように得意げな顔になると、目をキラリと光らせて見せた。
「コーヒーフォリアって、葉が大きいでしょ? 茎も硬くて長いし。こういうのが、プレコの良い足場になるのさ」
――いまいち何を言っているのか分からない。
ぽかんと口を明けていると、彼女はメガネをくっと上に上げた。
「つまり、上に乗って、葉を食べているかもしれないね」
「えぇっ!?」
何をそんなに驚いているんだいと言わんばかりにウィンクしてみせると、水槽脇に置いてあったパッケージを手に取り眼前で広げてみせた。
「ほら、底棲草食魚用ってね? んはは♪」
なるほど。
よくよく考えれば、プレコは草食性だ。
であるなら、アヌビアスだろうと口に入れる対象に入るのだろう。
それに、アヌビアスくらい頑丈な葉ならば、小さいながらもあの丸々とした体を支えられるはずだ。
だが、ここで2つの疑問が浮かんだ。
「どうしてこの水草を入れようって、勧めたんですか?」
「ああ、それね。もしもの時の餌だよ。この子が流木を齧らなかったときの保険ってやつだ」
「保険?」
「そうさ。セルフィンでも、拒食なる厄介なんだよ。流木すら口にしないときがある。で、やわらかい水草なら、一口くらい試すかもって思ってさ。だってきゅうりを食べるんだよ?」
暴食の化身みたいな魚が、果たして餌を拒むことなんてあるのか。
疑ってかかったが、お師匠様は真面目な顔でうなずいた。
きっと、プレコとの長い付き合いには、悲しい思いをしたこともあったのだろう。
だが、もう1つ疑問がある。
![]() |
右端中→アヌビアス・バルテリー マツモの下→アヌビアス・ナナ モスネット右→アヌビアス・ナナプチ |
葉をかじる魚と、育つ水草
「だけど、アヌビアスってこんなに丈夫なんだね? ボク、びっくりしちゃった」
わたしが、質問する前にお師匠様は口を開いた。
食害されても、葉の色がくすんでなく、それでも新しい芽はゆっくりと出てきているようだ。たしかに、流木に繋ぎ止める糸がほつれかかっているのが気になるが、穴が開いたところさえ目をつぶれば、至って健康体に見えた。
「そもそも、アヌビアスは頑丈な水草なんだ」
曰く、二酸化炭素の添加も不要で、生長も遅く栄養の要求度合いも低い、そして何より、低い光量のライトでも十分に育つのだという。
言われてみれば、CO₂の添加や特段肥料を入れていないのに、コーヒーフォリアは日に日に大きくなっていた。
――んん?
しかし、それは光合成で形を変え、ブドウ糖になり、そしてATPとなる。いわば、植物のエネルギー源だともいえる。
そんな大切なものを果たして、添加しなくても育つのだろうか?
……どう考えても、大丈夫なワケがない。
しかし、現実は違い立派に育っている。
つまり、事実は小説よりも奇なりということなのだろうか?
いや、それどころか不自然な点は他にもある。
ガラス面には茶ゴケで一杯だ。なのに水草にはあまり見られない。
なぜだろう?
あまりにも不思議なことが多くて、思わず疑問の1つを口にしていた。
「その、どうしてコケが生えないのでしょうか?」
すると彼女は、目を細めて言った。
「プレコが、葉についたコケを一緒に食べてるんじゃないかな? だから、コケが出やすい下の葉だけ食害されているのかもしれないね」
たしかに、プレコの種類によっては、コケやヌメリを好む個体もいると聞いたことがある。でもそれは、流木についてるものの話ではないのか?
それともやはり、水草もターゲットになるのだろうか?
「でも、よくアヌビアスの影に隠れているし、どちらかと言えば食べ物ではなく、シェルターだと思っているように感じたのですが……」
あははと響くように笑い、首を横に振った。
「まぁ、本当のところは、本人に聞いてみないと分からないさ~」
そうお茶を濁すと、にやりと笑って見せた。
当の本人は、口をパクパクさせながら流木にかじりついている。
弁明するつもりなどみじんもないようだ。
二酸化炭素がなくても育つ理由
「そうだ! いい機会だから教えてあげたいことがあるんだ!」
わたしの目をじっと見つめて、いわくありげにポンと手を叩いた。
「なんですか? 犯人も見つかったし、もう十分だと思うのですが……」
「もぉー! つれないなぁ~」
慕うような眼差しで子犬のごとくのぞきこまれると、こちらも無下にはできない。
「さて、この水槽のCO₂の供給源を考えてみて欲しいんだ」
――あぁ!
これは、さっき疑問に浮かんだ話だ。
やはり、どこからか入り込んでいると考えるべきなのだろうか?
だが、いくら考え直してみても、そもそもCO₂は添加していないから、思い当たる節は1つしかない。
「プレコの呼吸ですよね?」
うんうん、お師匠様はと大きく頷いたが……。
「実はもう1つあるんだ、それはエアレーションさ!」
――んんん?
そんな方法で二酸化炭素を添加することができるのだろうか?
それに……
「でも……エアレーションって、CO₂を抜くものですよね?」
「その通り。でもさ、水中のCO₂が少なければ、空気中から補充されるんだよ。だって能動輸送じゃなくて、ガスの拡散を利用しているんだから♪」
言いたいことはわかる。
だが、そんなことあり得るのか?
そういえば、以前エアレーションは人間の肺と同じだと言っていた。
であるなら、酸素のない空気で起きる酸素欠乏のように、ただのガス交換でさえ、時としてさえ強い力が働くように思える。
……いや、そうなのかもしれない。
強制的に添加しなくとも、エアレーションで酸素は水に溶ける。
であるなら、その逆もまたしかり。
「あんまりにも水中に二酸化炭素が少ないと、泡が弾けるときに、水に少しずつ溶け込むんだぁ」
「うーん、なんか信じがたい話ではありますが……」
「まぁ、強制CO₂添加が一般的な今の時代ならそう思うかもね。エアレーションの裏技は、ボンベが一般的でなかった時代の知恵なんだ♪」
お師匠様は鼻歌まじりでおどけてみせた。
「もちろん、ちょっとしか溶け込まないよ? でも、要求量が少ないアヌビアスやミクロソリウムなら、こういう工夫で育てることができるんだ~」
そして、人差し指を左右に振りつつ、鋭い目となった。
「だから、有茎草のような要求度合い高い水草は、エアレーションだけでは難しいと思うよ」
![]() |
流木前→アヌビアス・コーヒーフォリア |
肥料は餌から。ただしK(カリウム)は不足しがちかも
水槽の上で泡が静かに弾ける音。
エアレーションの底力を垣間を知り、ただただため息をついていると、不意にお師匠様が問いかけてきた。
「では、最後の問題だよ? 肥料分はどこからくるでしょうか?」
ブドウ糖やATPとなる二酸化炭素はエアレーションから。
となれば、問題となるのは、植物の三要素となるN・P・K(窒素・リン酸・カリウム)の供給源だ。
ヒントを求めて水槽の中をじっと見つめると、プレコが張り付いていた流木から逃げ出し、パイプ裏へと飛び込んだ。
そして、残されたのは、ふわりと舞う残飯と糞。
――これかもしれない!
肩の力が少しずつ抜け、霧が晴れるように視界が開けたような気がした。
「あぁ、やっとわかりました。炭素源はエアレーションで、となれば肥料分は餌ですね……?」
「お! わかったね? 肥料分となる窒素(N)やリン(P)はプレコの糞や残り餌から出てくるから、肥料はそんなに要らないのさ!」
「それに光はライト、コケを掃除してくれる彼ら。うまくバランスが取れてるんですね?」
「その通り! でもカリウム(K)が足りないとはずだから、ときおりK液肥を添加するのもいいかもしれなね」
どうやら、うまくいっているようだ。
でも……。
目の前のコーヒーフォリアを見つめ直す。せっかく新しく出てきた葉が、また食べられてしまうのではないか?
どこかで区切りをつけなければと思いながら、わたしは日々その成長を見守ることにした。
水草は残り続ける
季節が一巡し、水温も少しずつ安定してきたころ。
プレコの関心は、すっかり流木と人工餌に移っていた。以前のように水草の葉に登ったり、かじったりする様子はなくなっている。彼の身体も一回り大きくなり、もうアヌビアスの上でバランスを取るには無理があるのかもしれない。
コーヒーフォリアの白かった新芽は、ゆっくりと、けれど確実に伸びていた。やがて、濃緑の大きな葉が広がると、古い穴だらけの葉は陰に隠れるようになった。
わたしはひと呼吸してから、ピンセットとハサミを手に取った。」
そして、プレコに食害された葉を、そっと切り取った。
「……ありがとう。おつかれさま」
あれから数匹のプレコをお迎えし、水槽のレイアウトも少しずつ変わってきている。
そして、コーヒーフォリアも、別の水槽へと移すことになるのだが、それはまた、別のお話。
まとめ
最後に、ストーリーの内容をまとめつつ、説明が不足していた箇所を補足して終わりたいと思います。
アヌビアスは、丈夫で扱いやすい水草として知られています。とりわけアヌビアス・ナナは、プレコとの相性が抜群です。
プレコは底床を這い、流木に張り付きながら生活し、ときに水草をかじることもありますが、アヌビアスは葉が硬いため、食害の被害を抑えることができます。
とはいえ、活着系の水草であるため、活着が不十分な状態で上に乗られると、流木から剥がれてしまうこともあります。そのたびに根気よく何度もビニタイや木綿糸で固定し直す必要があります。ただ、幸いなことに、多少剥がれた程度で大きなダメージにならないのが、このタイプの水草のよいところと言えるでしょう。
栽培においては、直射的な強い光は必要なく、水草育成用ライトであれば、やや暗めの環境でも元気に育ちます。むしろ、強すぎる光はコケの原因になるため、適度な照明が大切です。
また、先にも述べたように、活着系水草であるため、流木や石に活着させるのが基本です。根が底砂に埋まってしまうと調子を崩すことがあるので、注意が必要です。
肥料については、根からよりも葉から吸収するタイプなので、液体肥料を少量ずつ使用するのがおすすめです。
二酸化炭素については、エアレーションである程度まかなえることもありますが、添加した方がより美しく育ちます。
さて、プレコ水槽にアヌビアスを取り入れると、水槽全体に落ち着いた雰囲気が生まれます。いつもの流木に活着させてレイアウトすれば、まるで自然の川底のような景観になります。
流木にガーネットサンド、茶系の水槽に濃い緑が添えられるわけですから、その効果は言うまでもありません。
メンテナンスも少なく済み、水草を育てたことのない方でも扱いやすい植物です。プレコのための快適な環境づくりに、アヌビアスはまさに理想的なパートナーと言えるでしょう。
なお、文中で紹介したアヌビアス・コーヒーフォリアについては、20年前ならともかく、最近では少々高価になっているため、穴だらけになる環境ではあまりおすすめはできません。
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