微量要素が大切な理由と供給方法
植物、いや……水草には窒素、リン、カリ、この三要素が必要だというのは分かっている。だが、それを知る途中で気になる単語と出くわした。微量要素だ。
大量でも少量でもなく微量って……なんだ?
となれば、わたしの水槽の先生に聞いてみるしかない。
微量要素とは、生長に欠かせない元素群
秋の長雨が続いた夕方だった。
遠くの空はまだ茜色を残しているのに、雨雲に覆われた街はもう夜のように薄暗い。霧雨ばかり降っているせいか、道は黒く濡れて、信号や車のテールランプをぼんやりと映している。
雨で冷やされた空気が、駅の細路地に染みわたっており、清々しい。
お盆休みが終わってからの激務続き。猛暑に体力が削られ、どうということもない仕事ですら重労働だったからだ。
今日も、コーヒーでも飲みながら水草の話をする約束をしてある。
雨音と足音に包まれながら、これから始まるアクア談義を思い浮かべて、わたしは駅へと急いだ。
NPKだけではない養分の話
師:「さて、今日は微量要素の話だね」
師:「まず、水草を育てるうえで、必要な肥料といえば何を思い浮かべるかな?」
私:「まず思いつくのは、窒素、リン、カリウムですね」
師:「そうだね。いわゆるN・P・Kというヤツさ」
私:「これって、水草どころか、園芸用や農業用肥料にも書いてありますよね?」
師:「もちろんさ! だって、肥料はあちらが主流だからね」
師:「農作物はお金になる。となれば研究の対象になる」
私:「その恩恵の1つを水草アクアが授かっているというわけなのですね?」
師:「うんうん、そういうことなんだ。さて、ここで質問です!」
私:「はい?」
師:「N・P・Kがあれば、水草に必要な養分はすべて揃っていると思うかな?」
私:「え……?」
私:「あぁ、もしかして、それが微量要素なんですね!」
師:「その通り。というわけで、ここからはその説明をしていくよ」
![]() |
| ・ADAの液肥は、少々値が張るが使いやすい |
師:「さて、水草が必要としている栄養素は、窒素・リン・カリウムだけではない」
師:「N・P・Kにカルシウム、マグネシウム、硫黄を加えた多量要素と……」
師:「鉄、マンガン、亜鉛、ホウ素などを代表とした、計8種類の必須元素である微量要素なのさ」
私:「多量要素と微量要素?」
師:「多量要素はまた別の機会に。今回は、微量要素について話していくね」
私:「はーい」
私:「ところで、鉄は聞いたことがあります。葉緑素に含まれているんですよね?」
師:「お、よく知ってるね~」
私:「でも、マンガンや亜鉛まで必要なんですか? なんか工場みたいですね」
師:「ナハハッ。信じられないかもしれないけど、銅やニッケル……」
師:「さらには、塩素とモリブデンも必要なんだ」
私:「えぇ……。金属元素が多いんですね……」
師:「とはいえ、工場とは違い、たくさんは必要ない。ごく少量で十分さ」
私:「ん? あ、わかりました! だから、『微量』と付くんですね?」
師:「そういうことさ。そういった必須の元素が計8種類ある」
師:「それを、まとめて『微量要素』と呼んでいるのさ」
私:「その、微量要素というのは、NPKとは同じぐらい大切な元素なんですか?」
師:「もちろんさ! では、なぜ水草はそんな少量の元素まで必要としているのか。そこを話していこうか」
わずかな量でも大切な理由は?
私:「微量要素って、具体的にはどんな働きをしているんですか?」
師:「元素によって役割が違うんだよ。たとえば鉄は、水草の葉緑素などに存在するよ?」
私:「葉緑素というと、光合成に関係するものですよね」
師:「その通り。鉄は葉緑体のチラコイド膜で行われる電子伝達系で……」
師:「電子の受け渡しに携わっているよ」
私:「カルビン・ベンソン回路で使う、ATPの合成やNADP+還元をする一連の流れですね」
師:「その通り。他にも、マンガンも関わっているよ」
私:「マンガン?」
師:「マンガンもチラコイド膜で、水を分解して電子とH+を取り出すのに関わっている」
私:「ということは、ATP合成酵素を動かす前段階の役割をしているんですね」
師:「お、よくわかったね?」
私:「うーんっと、どれも高校レベルの学習内容+αの話しカモ?」
師:「うんうん。生物を履修した人は是非調べてほしいところだね」
私:「でも、ちょっと難しい。ところで、光合成と言えば、水草にとっては重要な生体反応ですよね?」
師:「もちろんさ! CO2からブドウ糖をつくり、デンプンとして貯蔵するワケさ」
私:「デンプン? ということは……」
師:「必要時、それを分解してエネルギーにするわけだから、重要な反応だよね?」
私:「だから、独立栄養生物というわけですね?」
私:「そうだね。とにもかくにも、量が少ないからといっても、これらは大切な元素なんですね」
師:「わかってくれたかな? 微量要素は、生体反応を正しく動かすためのものなんだ」
私:「ところで、鉄とマンガン以外にもどんなものがあるんですか?」
師:「そーだねぇ……、似たようなのには、銅や亜鉛があるよ?」
師:「銅は同じく電子伝達系のプラストシアニンで用いられ……」
師:「亜鉛はタンパク質やデンプンの合成に関わっているよ」
私:「うーん、水草の中では、いろいろな化学反応が起きているんですね」
師:「そうなのさ♪ もちろん、光合成以外でも大切なものもあるよ」
師:「例えばホウ素は、細胞壁のペクチン同士を結合させる役割がある」
私:「細胞壁?」
師:「そうなんだ。ホウ素があることで、葉が正常に発育していくんだよ」
私:「なるほど。新しく伸びていく部分にも関係するんですね」
師:「そういうこと」
![]() |
| ・オクトジャパンの液肥は、比較的お求めやすい |
私:「こうして聞いてみると、鉄、マンガン、亜鉛、銅、ホウ素……」
私:「それぞれが違う場所や働きを担当しているんですね」
師:「そうなんだ。だから『微量要素』という名前だけを見て、ひとつの栄養素だと思ってはいけないよ」
師:「いろいろな場所で、大切な役割を担っているんだ」
私:「それらの元素をまとめて呼んでいる名前なんですね」
師:「そういうこと♪」
私:「うーん、でも、1つ1つの役割を覚えるのは、ちょっと難しいかもしれません」
師:「大丈夫。適量の微量要素が必要だということさえ覚えておけば……」
師:「水草の栽培には十分だよ♪」
私:「良かったぁ~」
私:「ところで、こうした元素はどうやって水草に施せばいいのでしょうか?」
師:「それが、次の話になるよ」
※
全てを会話にすると長くなるので、欄外で残りの微量要素について紹介しておきます。
塩素(Cl) 光合成、浸透圧・イオンバランス
モリブデン(Mo) 窒素代謝の酵素反応に関わる
ニッケル(Ni) 尿素・窒素代謝に関わる酵素
なお、微量要素の中にはその働きが、分子レベルで明確に解明されていないものもあります。
微量要素はどのように施せばよいのか?
難しい話が続いたが、「必要だということさえ覚えておけばよい」と教えてくれたので、思わず胸をなでおろす。その彼女はひとしきり話し終えると、注文カウンターへと向かっていった。
ふと外を見れば、窓ガラスを細かな雨粒が絶え間なく濡らし、通りの街灯がその向こうで滲んでいる。
未だ夕暮れの街は薄暗く、傘を差した人々が行き交い、窓の外には黒い影が列をなしてせわしなく動いている。
店内には雨に濡れた傘の匂いと、淹れたての珈琲の香りが静かに混ざり、そこに隣のドアが開くたびに紫煙が入り込む。べったりとした香りと、時折聞こえる車の水音をぼんやり聞きながら、窓際の席で秋の深まりを感じていた。
しばしぼんやりとしていると、遠くからトタトタとした足音が聞こえてきた。お師匠様が帰ってきたのだ。くすんだ白色のトレーの上にはたんまりと菓子パンが乗っている。話はまだまだ続くようだ。
どうやって補給する? 肥料の話
私:「では、水槽では微量要素をどうやって補給するんですか?」
私:「やっぱり肥料としてですか?」
師:「肥料として添加するのが基本だね」
私:「えーっと、水草水槽で肥料と言えば……」
私:「あっ、わかりました。きっと液肥という形で入れるんですね?」
師:「実はそうとも限らないんだ。肥料には、様々な形態・形状があるんだよ」
師:「たとえば水草を植える前、ソイルに敷く時に混ぜ込むものがあったりね?」
私:「水草を植える前に、土の中へ入れておく肥料ですね」
師:「うんうん。そして、こういった使い方を『元肥』というんだ」
私:「元から入れておく肥料だから、だから元肥なんですね」
師:「その通り。そしてこういった物は、もっぱら固形肥料さ」
私:「なるほど。固形肥料は元肥に使うんですね?」
師:「う゛ーん……、それが、実は『追肥』として使う固形肥料もあるんだ」
私:「え゛……追肥?」
私:「もしかして、追加で使う肥料だから追肥ですか?」
師:「ナハハ、その通り♪」
私:「うーん、使い分けが……」
師:「難しく考えなくて大丈夫」
私:「ふむー……」
師:「だって、水草水槽を立ち上げてしまえば、もっぱら追肥だしね」
私:「なるほど。そういえば、そうですね」
![]() |
| ・イニシャルスティックは残念ながら販売終了したようだ |
師:「どちらにせよ、固形肥料は徐々に溶けて、弱く長く……」
師:「そして、肥料の置かれた周囲に効果が発揮されるものなんだ」
私:「長期間ピンポイントに効果が出るんですね」
師:「うんうん。それが固形肥料の特徴なんだ」
師:「そして固形肥料は、N・P・Kと一緒に微量要素が配合されているものも多いんだ」
私:「使うなら、計画的に使いたい肥料というわけですね」
師:「そういうことだね♪」
師:「逆に液肥なんてのは、すぐに使えて、効果もすぐに出る!」
私:「液肥は、『追肥』で使うものですね?」
師:「その通り。キミも知ってると思うけど、液体だから添加も簡単さ」
師:「そして、水に溶けるから、水槽全域で効果が出る」
私:「短期間で広く強く効果が出るんですね?」
師:「固形肥料と比べるとそういう話になるね」
師:「そんな液肥には、微量要素しか含まれていないものもある」
私:「N・P・Kのどの成分も入っていない液肥ですか? うーん?」
私:「あっ! それならコケを気にしなくてもいいかもしれませんね」
師:「そうだね、カリウム単体の液肥を利用している人にとっては、使いやすいはずさ」
師:「とはいえだ!!」
私:「はい?」
師:「仮に微量要素の欠乏が起きた時、カリウム単体の液肥では……」
師:「水草が育たない時は、原因はわかりづらい!!」
師:「NPKなのか、それとも微量要素なのか、はたまたCO2やライトなのか……」
私:「複数成分が含まれているほうが、問題を解消しやすいということですか?」
師:「う゛~~ん。少なくともボクはそう思うね」
師:「余計な養分がコケの原因になると嫌がる人もいるとは思うけど……」
私:「お師匠様はそう思うかもしれませんが……」
私:「でも、わたしもコケは嫌ですね」
育成不良の原因は?
師:「ところで、水草が育たない! ってなった時、まず何が原因だと考える?」
私:「えーっと、まずはライトとタイマーを点検して……」
私:「CO2の添加具合をみて、次にカリウム欠乏を疑いますかねぇ」
師:「それでもダメなら?」
私:「次は、窒素とリンの欠乏を疑います」
師:「そんな風にして、微量要素って、つい忘れられがちなんだ」
私:「あっ……!」
師:「ライト、CO2ときたら、次はカリウム。そう考えるのも自然さ」
師:「でも、もし使っている液肥に微量要素が入っていなかったら?」
私:「うーん、迷宮入りですかね?」
師:「その通り。もし、思い出したとしても、微量要素の肥料が必要となる」
師:「原因を追及する時間と、購入する費用がかかるわけだね」
私:「なるほど。問題解決の動き方がスマートではないと?」
師:「そういうこと♪」
師:「だから、多少値段が張っても、最初から微量要素を含んだ肥料を使うのも選択肢の1つさ」
私:「でも、そういう肥料って、やっぱりブランドものが多いですよね」
師:「そうだねぇ~。粉末で作った自作カリウム液肥と比べると、びっくりする値段かもねぇ」
私:「となると、今度は、高い液肥を購入する費用と原因を追及する時間が天秤に?」
師:「ニヒヒッ。そうなるかもしれないね♪」
私:「うーん、肥料選びは奥が深いっ!」
師:「アハハッ。時間のない社会人なら、様々な養分が配合されている肥料をお勧めするよ」
※水草不調の原因が分かるまでに、半年を費やしたことがあります。もし、養分が複数配合されている肥料だったら、問題解決がもう少し早かったかもしれませんね。



0 件のコメント:
コメントを投稿