1本だけ背の低いマツモの処遇
マツモはぐんぐん伸びている。が、1株だけどうにも調子が悪い。他は水面まで届いているのに、これだけはその半分にも満たない。何が悪いのだろうか。
手をこまねいているうちにトリミングの時期が来た。この1株、トリミングするべきか、しないべきか……。
トリミングするべきか、しないべきか
寝ぼけ眼で駅へと向かう。日曜日の車内は朝7時だというのに、ウキウキとした空気でいっぱいだ。華の三連休、その中日であるからだ。
こちらは休日出勤、それもたったの3時間勤務だというのに、通勤・帰宅で計3時間以上費やすのだから馬鹿馬鹿しい。中途半端な1日だけ薄給で賜ってしまい、連休が崩れてしまったというわけだ。
しかし、せっかく都会に出たのだから、会社の都合で無駄に半日過ごすほど私も根性なしではない。お師匠様とアクア談義をする予定をねじ込んだ。
――そして、あっという間に訪れた退勤時間。同じ境遇の不運な交代要員に仕事を引き継ぎ、入れ替わりで無事解放。哀れ捕らわれの身になった社畜を後にし、そのままお師匠様の待つ昼下がりの喫茶店まで、ルンルンと行楽気分で歩みを進める。
そう、話すことは、あのマツモについてだ。
不調のマツモ
私:「実は、マツモのことなんですけど……?」
師:「お、今度はどうしたんだい?」
私:「1株だけ、うまく育っていないものがあるんです」
師:「ふむ?」
私:「他の4株はきれいに育ってるんですが……」
師:「ふーむ、どうしたら、その1株だけが調子を取り戻せるか、って話かな?」
私:「そうなんです!」
私:「……でも、話にはまだ続きがあるんです」
私:「で悩んでいるうちに、他のマツモのトリミングのタイミングが来てまして……」
師:「なるほど。その1株をトリミングするかってことかい?」
私:「そうなんです。4株はトリミングするとして、育っていない1株はどうするべきでしょうか?」
師:「ふむむ……」
![]() |
| ・意図的にトリミングをサボるのには理由がある |
客観的に見ても不調の原因はよくわからないこともある
師:「そもそもだけど、そのマツモの状態はどうなんだい?」
私:「生長速度が遅くて、他のマツモは水面に達してるんですが、そちらはまだ水槽の高さの半分ぐらいなんです」
私:「でも、色も葉の形状もしっかりしているんですけどねぇ」
師:「どれくらいの期間かな?」
私:「もう、かれこれ1か月以上は調子を崩しているんです」
師:「う゛~~~ん」
師:「それは、もしかしたら、他の水草の影になっているかもねぇ」
私:「ほぉ……?」
師:「場所を変えてみてはどうだろう?」
私:「しかし、ライトも明るいですし、マツモは影を作るほど密生していません」
私:「……そんなことってありえるんでしょうか?」
師:「――まぁ正直言って、原因は不明のよくあることさ」
私:「え゛っ!?」
師:「しかし、水槽の中だからね。水に溶けているわけだから、CO2や養分は、どの株も濃度的には近しいものがあると思う」
私:「……なるほど」
師:「それでも、その株だけが伸びないのは、光の当たり方ぐらいしか思い当たらないね」
私:「消去法ということですか……」
師:「しかし、原因を推定しても、残念ながら一度調子を崩した水草の復活というのは、なかなか難しい」
師:「そのマツモは諦めて、別の元気な株の脇芽を大切に育てた方が早いこともあるんだ」
私:「そんなぁ……」
どうすればリカバリーできるのか?
トリミングして大復活のあや
私:「あの、時々聞くんですけど、トリミングして大復活!!」
私:「……ということはないんですかね?」
師:「たしかにウィローモスなど、いくつかの水草にはそういうこともあるよ」
師:「特に、脇芽の形成が旺盛だったり、そもそも、強靭で強い生命力を持っていたり……」
私:「であるなら、マツモはどちらにも当てはまると思います!」
師:「つまり、その小さなマツモでもカットすれば、よくなるのでは、って?」
私:「はい」
師:「いやいや、残念だけどトリミングで調子が戻る話は、元気な水草に限るんだ」
私:「あっ、そうなんですね」
私:「……じゃあ、この子、トリミングで治る見込みはないのですね」
師:「うーん……ないってことはないけど、可能性はかなり低いねぇ」
師:「それに、もしトリミングして復活しなかったらどうなると思う?」
私:「あ゛……、調子が出てない水草がさらに短く」
師:「そうだよね。お先真っ暗だ」
師:「よほどコケに侵されてでもない限り、トリミングは、基本的に水草は調子が落ちるものと考えて問題ないよ」
私:「えー……」
師:「それに調子を落としている場合、芽が出てきたとしても小さいし生長力も弱い」
師:「手から零れ落ちるほどの小さな命を、丁寧に育んでいく必要があるんだ」
私:「……ということは、このマツモには悪手なのですね。じゃあ、どうすれば……?」
師:「今回は、あえてトリミングしないのが正解だと思うよ」
私:「温存ということですか?」
師:「うんうん。トリミングに関しては、絶対にこの時期、このタイミングで、と几帳面な人もいるとは思うけど……」
師:「なるべく、水草中心で考えた方がいいかもしれないね」
私:「なるほど。トリミングしてマツモが枯れてしまったら元も子もありませんからね」
![]() |
| ・トリミングの失敗は誰でも起こりうることだから…… |
元気な水草がまだ残っているのなら
師:「それに、他の4株は差し戻しをするんでしょう?」
私:「そうですが……」
師:「であるなら、捨てるはずの調子のよい株の下半分を水槽内に残しておけば……」
師:「高確率で脇芽が生まれるから、これを大切に育てるのも1つの手だね」
私:「なんと! それなら、いつ生まれるか分からない脇芽を見つけるよりも、お手軽ですね?」
師:「もちろん、マツモを水面に這わせるように伸ばして、調子を上げて脇芽を作りやすくするという方法もあるよ?」
私:「あぁぁ……そうなんですね。なんとなくわかりました」
私:「つまり、調子の悪い1株に固執しないで、意図的に新しい株を作らせた方がいいんですね?」
師:「そういうこと♪ 簡単に脇芽が出る水草だからできる方法だと言えるね」
師:「もちろん、調子が悪い株は保険に取っておいてね」
私:「ふむー……。今回はその戦術で行こうと思います」
師:「それがいい」
残念ながら、件のマツモはだんだんと小さくなり、数度の水換えの後、いつの間にか水槽からなくなってしまった。
だが、マツモたちはぐんぐんと伸び、絶賛勢力を拡大中だ。トリミングで下半分だけになってしまったマツモから、脇芽が生えてきたからだ。これなら、倍々ゲームで増やしていけるだろう。
たしかに水草の調子を戻すのは難しい。だが、増えるのは容易い。
であるなら、水槽の管理人としてどこに力を入れるべきか、なんとなく分かったような気もする。


0 件のコメント:
コメントを投稿