こんなプレコはお迎えをしないほうがいいかも
プレコをお迎えしようと思ったとき、「どの子にしようかな」と迷いますよね。でも、ちょっと待ってください。実はプレコには“選ばない方がいい子”もいるんです。
かわいさだけで決めてしまうと、後悔することになるかもしれません。
この記事では、見た目でわかる注意ポイントをストーブでやさしく解説します。
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これは2000年代とフィクションが織りなす不思議な世界の物語。
イチョウの葉が、はらりと肩に落ちた。
冬の気配が忍び寄る午後、キャンパス内の大通りは黄金色に染まり、赤煉瓦の道が柔らかな光を反射している。枯葉を踏むたび、パリリと音が鳴った。
買ってはいけない子
後悔
グリーンロイヤルプレコを探しはじめて、もう一か月。
季節がすっかり変わってしまったことに気づき、思わず足を止めた。
まだ秋の風がやわらかかった頃、その魚に初めて出会ったのは、いつもの熱帯魚店だった。すぐに買っていれば――、何度後悔しても飽き足らない。
あの時、ダメだと、お師匠様ことロゼッタが首を横に振ったのだった。
十日後、胸騒ぎを覚えて再訪したときには、影も形もなかった。
空っぽになった水槽の前に立ち尽くし、深くため息をつくことしかできなかったのだ。
悔しさを抱えたまま、今日もお師匠様に呼び出されてサークル棟へ向かっている。
キャンパスの端、ひと気の少ない古びた建物。その屋外バルコニーで、日々アクア談義が繰り広げられる、いつもの場所。
吹き抜けの階段を駆け上がり、バルコニーにたどり着くと、冷たい風が頬をかすめた。その先に、簡素なプラスチック椅子に腰掛ける彼女の姿が見える。
「どうも、お待たせしました」
経験とは失敗の集積
こちらの声に、さらりと揺れるショートヘア。姿かたちはどう見ても、年頃の女性そのものだが、振り向いたその顔は、どこか得意げで――水槽の話を始める時の、あの「生物オタク」の顔になっていた。
ロゼッタは胸元で両手を組むと、どこか神妙な面持ちでわたしを見た。
「今日はね、プレコについてキミに教えておきたいことがあるんだ」
その声には、思いつきではなく、何かを決意したような静かな熱があった。
もしかしてと思い息を呑む。胸の奥に小さな希望が灯る。
「また、どこかでグリーンロイヤルが入荷したんですか?」
だが、彼女はゆっくりと目をつぶり、そっと首を横に振る。
「……そうですか」
期待がふっと消え、胸の中に秋の木枯らしが、すぅと吹き抜ける気がした。
――あれから、何度かチャンスがあった。
だが、「プレコは一人で買うな」と厳命されていたため、二人そろって迎えに行くことにしていたが、水槽がすでに空になっていることが何度かあったのだ。
「ボクもね、このままじゃいけないと思って。キミが見つけたとき、ちゃんと自信をもって買えるように。『買ってもいいプレコの選び方』を教えておこうと思ってね」
その言葉は、これ以上後悔しないように、というやさしさからだろう。
だが、戸惑いが胸に広がるった。
「買ってもいいプレコ……ですか?」
無計画に迎えたセルフィンプレコは、水槽に立ち上げこそ四苦八苦したものの、驚くほどすんなりと餌付いてしまった。だから、選び方なんて考えたこともなかったのだ。
思いもよらぬ事実に体が固まる。
そんな、わたしの目を見て、お師匠様はゆっくりと、そして沈んだ声で語りかけてきた。
「プレコにはね、選んではいけない子がいるんだ」
「それは、いったいどういうことですか? どんな子のことなんですか?」
「そうだね、はっきり言うなら、拒食をうかがわせるような子は避けるべきだよ」
「拒食……ですか? でも、新しい水槽に慣れれば、また食べるようになるのでは?
彼女はまっすぐにこちらを見て、真剣な眼差しで言った。
「それがね、プレコって、ストレスにすごく弱い子もいてね。一度拒食になると、そのまま……死ぬまで食べない子もいるのさ」
言葉の奥に、どこか彼女自身の痛みを垣間見たような気がした。
「だから、痩せている子はなるべく選んじゃだめだよ。そう、あの時の子のように……」
――あっ!
あの水槽のグリーンロイヤルのこと……か?
しかし、彼女はこちらのことなど意に介さず、目は遠い目をしている。
もしかして、違うプレコの話なのだろうか。
ともかく、これはおそらく実体験なのだろう。
だから、これ以上過去の込み入った話を利くのは憚られた。
![]() |
・左:痩せすぎ 右:健康体 |
もう自己責任は始まっている
「それで、痩せている子って、具体的にどんな見た目なんですか?」
「大きく三つ。お腹のへこみ、目のへこみ、そして背骨の浮き上がりだね」
そう言ってから、お師匠様はふっと息を吸い、大きくため息をついた。
「まず、お腹。エラの後ろから尾びれにかけてのラインが不自然にへこんでいたら、ご飯を食べてない証拠だよ」
「うーん、……じゃあ、逆にお聞きしますが、正常なお腹とはどのような状態ですか?」
「うーん、ふっくら。ちょっとだけ丸みがあるぐらいがベスト。でもね、ボーンと出すぎてる子は病気の可能性があるから、それもNGかなぁ」
無理に明るく笑ってみせたが、どこか影の差した笑みだった。
「次に、目のへこみ。目の周囲が一段低くなって、くぼんで見える子がいることもある。これは、栄養不足が進行してるサイン。少し飛び出てるくらい、張りがある子がいいね」
うんうんと相槌を入れながら、わたしは思い浮かべる。今、水槽で暮らしているセルフィンプレコの顔を。帰ったら、もっとじっくり見てたいところだ。
わが家のプレコが心配で、つい疑問の言葉が漏れてしまう。
「その、お腹と目、それ以外には何かあったりしますか?」
「そうだな……、あとは背骨やヒレの骨が浮き出てる子だね。これは骨格が見えているわけだから、かなり痩せてると考えられる、体脂肪がほとんどない証拠だよ」
なるほど。
この三つをチェックすれば、買ってはいけない子を見極められる。
が、そう思った矢先、ある疑問が湧いた。
そう、わが家のプレコですら、観察が難しいのに――
「ショップでプレコが前面に出てることって、あまりないですよね?」
「うん、そうなんだ。特に入荷したばかりの子は隠れがちだよね」
「じゃあ、どうやってチェックすれば?」
久しく得意げな顔をして、にやりと笑った。
「水槽の前から少し離れて、じーっと待つこと。魚って動体視力はすごいけど、静止してる人間のことは案外見えてないんだよ。だから、こっちが動かなければ、そのうち出てきてくれる……かもね」
お師匠様は肩をすくめながら、いたずらっぽく続けた。
「ボクなんて30分ぐらいのぞいてから、いつも買うんだよ? あはは」
そう笑って見せるのだが、やはりどこかまだ影がある。
「それでも見極めに失敗することはある。だから、"見つけて"から2週間から1か月経った子を狙うのも手だよ。売れ残っていれば、何らかの形で命を繋いできたってことでしょう?」
――だがそれでは……
「他の人に先を越されるかもしれません……よね?」
「そうなんだ~。だから、もうひとつの方法を紹介しよう!」
彼女はわたしの目をじっと見つめた。
低くなり始めた秋の日差しが射し込むと、やはり目にはうっすらと涙を湛えているように見えた。
「それは、餌付きが確認できた子。流木以外の色の糞が落ちてたり、目の前で餌を食べてくれる子は安心だよ」
――あ、あれ?
ここにきてはたと気が付いた。
そんな話は、入荷日も餌付けも店員に訊けば一発でわかるようなこと話だ。
なのに、彼女は自分の目で見て判断できる方法を教えようとしている。
情報に頼らず、目を養えと――そういうことなのだろうか?
それとも、お師匠様は人間嫌い?
いや、もしかしたら情報のやり取りで齟齬があったのかもしれない。
ロゼッタは最後にもう一度、真っすぐこちらを見つめながら言った。
「とにかく、選ぶ段階から、飼う責任は始まっているんだ」
![]() |
・お腹ぺっこり、目のくぼみ、骨が浮き出ている |
お迎え
それから、わたしは何店舗も渡り歩いた。
お師匠様に教わったチェックポイントを頭に浮かべながら、プレコたちの水槽の前でじっと立ち続けた。
気に入った子がいたら、わたしはお師匠様はとは違い、店員に餌付きや入荷時期を尋ねるようにしている。お師匠様が教えてくれた「自分の判断」と「他者の知識」。両方を活かせば、失敗する確率はぐっと下がると考えたからだ。
そして、ようやく出会った。
憧れ続けた、グリーンロイヤルプレコ。
ぷっくりとしたお腹、落ち着いた泳ぎ方。
今、彼はセルフィンプレコと並んで、新しい流木をガリガリと削っている。
水槽の奥で、二匹の影が静かにゆれる。
冬の風が吹き抜けた窓の外で、イチョウの葉がまたひとつ、はらりと落ちた。
まとめ
わたしたちアクアリストにとって、プレコとの出会いは一期一会。
でも、だからこそ「この子にしよう」と選ぶときには、ちょっとだけ慎重になってみてください。というのも、実はプレコには「選ばない方がいい子」がいるんです。
まず注意したいのが、体の痩せ具合。
お腹が不自然にへこんでいる子は、長く餌を食べていない可能性があります。特にエラの後ろから尾びれまで腹部ぺっこりとくぼんで見えたら要注意です。
また、目の周囲が落ちくぼんでいても食べていないサイン。健康なプレコは、ほんの少し目が飛び出しているくらいが理想的です。
さらに、背骨やヒレの骨がくっきり見えている子も避けた方が無難です。これは体脂肪がほとんどない状態で、すでにかなり衰弱している可能性が高いからです。
ただし、ショップではプレコが流木の陰に隠れていて、なかなか姿を見せてくれないこともあります。そんな時は、水槽の前でじっと待ってみるのもひとつの方法です。人間が動かずにいると、案外プレコの方から出てきてくれることもありますよ。
もし時間に余裕があるなら、入荷してから2週間以上経っている個体を選ぶのも一つの手です。長く店内で元気に過ごせているということは、環境への適応力がある証。餌付けが確認できる子であれば、なお安心です。
そして、欠かせないのは、店員さんへの質問。
入荷時期から餌付け状況、さらには餌の種類まで、迷惑にならない程度に、それでも、しっかりと聞き出したいところです。
「この子、かわいいな」と思っても、すぐにお迎えするようなことはせず、少しだけ観察眼を養ってみてください。
選ぶ段階から、もう飼育は始まっているのですから。
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